薬師寺近くの うのん から大和気象歳時記
「てんりのむかしばなし」から 「おさきばあさんの話」 「和しが丁度、十六の頃やった。むかし五月五日、端午の節句 やったな、よい天気の日、種もみをしておったんや。女子衆と話をしもって種もみを田んぼでしとる時やった。 丹波市の方から南へ、長谷の街道を一丁の籠が急ぐようにやってきたんじゃ。誰やろなと思と... 続きをみる
薬師寺近くの小さな本のある喫茶店
「てんりのむかしばなし」から 「おさきばあさんの話」 「和しが丁度、十六の頃やった。むかし五月五日、端午の節句 やったな、よい天気の日、種もみをしておったんや。女子衆と話をしもって種もみを田んぼでしとる時やった。 丹波市の方から南へ、長谷の街道を一丁の籠が急ぐようにやってきたんじゃ。誰やろなと思と... 続きをみる
「てんりのむかしばなし」から 「あからがしら」 遠い遠いその昔、岩屋町の山の奥に「あからがしら」という不思議なけものがすんでいました。 「あから」は、山の奥に入っていて、あまり人の前にはあらわれぬけものでありました。 夏もすぎ、秋もすぎて旧暦の十一月一日は、もう冬も最中の寒い寒い日でありました。そ... 続きをみる
本のある喫茶店 うのん からのお知らせ です。 昨日4月28日から5月11日 までコロナウイルス感染症対策のため臨時休業いたします。 落ち着きましたら、薬師寺と写真家入江泰吉氏により有名になった大和の風景との道途中 徒歩約10分 にあります。小ぶりですが大和の情報の書物見ながら 休憩にお越し下さい... 続きをみる
「てんりのむかしばなし」から 「内馬場の由来」 天理市の内山に、昔、立派な永久寺という寺院がありましたが、今は跡だけが淋しく残っているのです。 永久寺のはなやかだった頃のことです。永久寺の僧侶は乗馬が下手な為に大変苦労をしていました。「私も乗馬の稽古をして、何とか上手にならなければいけない。」と寺... 続きをみる
「てんりのむかしばなし」から 「ジャンジャン火」 昔、天理市藤井町の龍王山に、十市遠忠が城を築きました。その龍王山に築かれた城は、大変立派な城で、ちょっとやそっとでは落城しないと言われていました。十市城主・遠忠もすぐれた武将でしたが、信貴山城主・松永久秀に攻め落とされて、遠忠は信貴山をにらみつけ、... 続きをみる
コロナ時間が多くなっていませんか? 皆様方におきましては ご自愛くださいませ。 「てんりのむかしばなし」から 「九頭神社の鎮守の森」 天理市の芦原町の氏神様は、九頭神社(くずじんじゃ)といいます。そのお宮に伝わる話です。 山深いこのお宮の森は、鳩の声が聞こえ、雉のきわだった声も、静かな山にひびき、... 続きをみる
明日から三度目の緊急事態宣言 日々行動が難しい時間に ご覧頂ければ幸いです。 「てんりのむかしばなし」から 「かみなりごろ吉」 むかし、むかし、或る晴れた日に雷の子ども達が曇の上で、竹とんぼを飛ばして楽しく遊んで遊んでいました。雷の子ども達は、父親から人間の子は竹馬というのに竹馬というのに乗って遊... 続きをみる
日々コロナの感染者が増え厳しい状況が伝えられています。 そんな時 当店で所蔵のむかし話でひと息していただいたら幸いです 「てんりのむかしばなし」から 「天武帝の笏指池」 今から約千三百年ほど昔、天武天皇が伊勢神宮にお参りのために福住を通って行かれました。峠を越えて、なだらかな道をしばらく行くと、山... 続きをみる
「てんりのむかしばなし」から 「弁天地蔵」 天理市の市街地から東へ山を越えていく奥深くに山田という静かな山村があります。そこの永楽寺といお寺から田んぼづたいの小道を200メートルばかり登っていくと、清らかなせせらぎと小鳥の鳴き声がこだまする静かな山は、とてもすがすがしく思われ、そこの暗い谷間にそっ... 続きをみる
今日もコロナウイルス感染者数 更新 外で活動も制限 そんな時間に 当店で所蔵しております 本 その中で 奈良の民話を紹介しています。 今日からは 「てんりの むかしばなし」です 「金竜寺の観音さま」 天理市の山田の村里離れた山奥に、梨の木谷という、深い谷があります。 昔この谷にささやかなお堂が... 続きをみる
日々明るいニュースがなく 動きが出来ない日々が感じられますが 当店の所蔵の本の内容をご紹介しています。 「聖徳太子のおくりもの 大和郡山の語り伝えたい ふるさと民話 稗田の村と広大寺池」 「広大寺池が出来たぞ~~」 「わ~い。うれしいなあ。」 「聖徳太子のお陰だなあ。」 池の水もみんなの顔も、 ... 続きをみる
「聖徳太子のおくりもの 大和郡山の語り伝えたい ふるさと民話 稗田の村と広大寺池」 「よし!いつでも水が使えるように池をつくらせよう。」 聖徳太子さまはさっそく馬にまたがり、 池の場所を探しに行かれた。 「ふむ。あの松の木の向こう、あの山すそがよかろう。 堤防をつくり山からの水を貯めてはどうだろう... 続きをみる
昨日から 「大和郡山の語り伝えたい ふるさと民話 稗田の村と広大寺池」のお話の紹介です。 聖徳太子さまは あちこちの村を回っておられた。 「今日は、稗田の村に行こう。」 村人はため息をついた。 「どうしよう。お米がない。」 出されたのは ヒエのご飯。 驚いた聖徳太子さま。 「どうしてこのような物を... 続きをみる
昨日まで「吉野の民話」のお話を紹介していました。 今日からは 当店で所蔵している書物の中から 「大和郡山の語り伝えたい ふるさと民話 稗田の村と広大寺池」 の紹介です。 専門家の方々にご満足頂けるモノが殆どですが、 大和の歴史 文化に触れる機会になることを 願いながら、 ここで、紹介いたします... 続きをみる
今朝NHKで吉野のこの季節ならではの雲海と桜の幻想的な風景写真の紹介がりました。 今年は 写真でがまんです その桜を見に行ったら必ずお参りする神社 金峯神社です。 「吉野の民話」から 金峯神社 外部資料 外部資料 金峯神社は、奥千本と呼ばれるあたりにあります。古くから金峯山をお守りする神社として多... 続きをみる
「吉野の民話」から 「吉野の名所・旧跡」 「吉水神社」 外部資料 吉水神社は、かつては吉水院と呼ばれていました。役行者が建てたのが始まりとも言われ、兄源頼朝との争いに敗れた義経が隠れ、後醍醐天皇もここに住み、豊臣秀吉が吉野の花見に訪れた時、ここに泊まるなど、歴史上の人物が多く訪れた「ことでも有名で... 続きをみる
今日もコロナウイルス感染者数が増えている現状です。 一人一人が気をつけましょう。 民話・神話の舞台そのものの吉野 神秘的空気感を感じる所です。 「吉野の民話」から 「吉野の名所・旧跡」 吉野神社 外部資料 後醍醐天皇をおまつりした神社です。明治21年(1888年)に建てられました。また、今の社殿は... 続きをみる
「吉野の民話」から 吉野の名所・旧跡 大日寺 外部資料 大日寺は、平安時代に作られた五智(ごち)如来をおまつりするお寺です。大日如来を中心に四体の如来が周囲に座られています。また、南北朝時代に護良親王の身代わりとなった村上義光、義隆の墓所のあるところです。 本善寺 外部資料 本善寺は、文明八(14... 続きをみる
今日の薬師寺 オリンピック聖火 薬師寺南大門に入りました 金堂の前でトーチキッスが行なわれました。 「吉野の民話」から 「吉野の名所」 「如意輪寺」 外部資料 如意輪寺は中千本の中ほどにあり、今から約千百年前に建てられました。日蔵上人道賢が建てたと言われています。後醍醐天皇が深い信仰を寄せた寺で、... 続きをみる
「吉野の民話」から 「吉野の名所・旧跡」の紹介をしてます。 今の吉野は桜がきれいな時期ですね 外部資料 「桜本坊」の歴史は、大海人皇子(後の天武天皇)が吉野に逃げてきたのに始まると伝えられています。ある日、大海人皇子が、桜が咲きほこっている夢を見、その意味を占わせてみると「将来、天皇になる」とのこ... 続きをみる
コロナ渦いかがお過ごしになっていらしゃいますでしょうか? 吉野は今桜が見頃のようです。 コロナでなかなか自由には楽しむことは難しいですね 「吉野の民話」から 「吉野の名所・旧跡」 吉野山に来て、最初に目に入るのが金峯山寺(蔵王堂)です。吉野から山上ヶ岳にかけての一帯は、古くから金峯山と呼ばれてきま... 続きをみる
ますますコロナが拡がってます。 吉野の山々は神秘的 神様に抱かれている感じがします。 「吉野の民話」から 「吉野の生活」 奈良県を二分して東西に流れる吉野川。その南、県全体の約六割の面積を占める地域が吉野群です。千四百~二千メートル近くに達する近畿地方で最も高く険しい山が連なるところから、「近畿の... 続きをみる
今月のお薦めの本 奈良県の王寺です 龍田神社は風の神様がいらっしゃいます。 本のある喫茶店 うのんの今月の予定 お休み 5日(月)6日(火) 12日(月)13日(火) 18日(日)19日(月)20日(火) 26日(月)27日(火) 貸切予定 2日(金)11日(日)14日(水... 続きをみる
今日もコロナ感染者数更新 互いに気を付けましょう。 家にいる時間増えているでしょうか その時間に当店の所蔵している書物の紹介内容を読書していただくと幸いです。 「吉野の民話)から 「五郎宗岩」(ごろうそういわ) 東吉野村の高見山に、五郎宗岩とも、ゆるぎ岩とも呼ばれている大きな石があります。だれも... 続きをみる
ますますコロナが拡がっています。 何処で出くわすか 互いに気をつけましょう。 「吉野の民話」から 「天誅組」 吉野地方は、山また山で奥深く、交通も不便であったため、昔からいろな戦から逃げてきた人たちが住みつき、再び、戦いに打ちだしていった所です。大海人皇子のときもそうでしたし、後醍醐天皇のときもそ... 続きをみる
自由に出掛けにくい日々が続いている方が 当店の所蔵している民話の紹介です。 「吉野の民話」から 「後醍醐天皇」 吉野には「歌書よりも軍書に悲し吉野山」(吉野の自然、桜の花の美しさをよんだ歌の本もたくさんあるけど、戦いで多くの人びとがこの吉野山で悲しい思いをした)という言葉が残されています。 源頼朝... 続きをみる
奈良県のコロナウイルス感染広がり方 人口比では大阪より激しくないですか。大阪との関係が強いためですが 互いに気をつけましょう。 当店では 一組づつのご利用をお願いしていますが、外に出にくい方、どうぞブログで所蔵している書物を紹介していますので、お読みいただければ幸いです。 「吉野の民話」から 「義... 続きをみる
コロナ渦の中 当店で所蔵している本を紹介しています。 ほっこりして頂ける 民話や大和の各地に伝わるお話を中心に紹介させて頂いています。 「吉野の民話」から 「蛙になった人間」 役行者が開かれた大峰山は現在、5月3日から9月二十三日までの間、山がひらかれています。冬の間は雪が多くて登ることができませ... 続きをみる
「吉野の民話」から 「役行者」 昔、役行者は葛城山のふもとに生まれました。関西のあらゆる山に登って修行をしました。そして吉野へやってきて、南の大峰山に行って修行を始めました。けわしい山や岩場を登り、千日間の修行をしました。 千日間の最後の満願の日、山」は雨あられが降り、かみなりが鳴るたいへんな天気... 続きをみる
「吉野の民話」から 「犬の飼わない村」 のちの天武天皇が、まだ大海人皇子のときの話です。大海人皇子は、天智天皇の息子である大友皇子と戦争をされました。 戦いのさ中、敵に追われた大海人皇子は、吉野川と高見川とが合流する窪垣内というところまで逃げてこられました。 そこには舟の渡し場があり、翁が魚をとっ... 続きをみる
薬師寺の塀の古さが出てます。塀を眺めていても 寂れていた時代があったからでしょう 「7吉野の民話」から 「高見山の入鹿の首塚」 吉野は、山伝いに北は桜井市の多武峰、南は東吉野村の高見山に連なっています。 千四百年ほど前のこと。蘇我入鹿が国の政治を思うがままに動かしていました。見かねた仲大兄大皇子(... 続きをみる