うのんのブログ

薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

薬師寺近くの うのん から大和気象歳時記

大和の自然
春日大社のフジ

       外部資料


ノダフジとヤマフジとは、それぞれ花の色が白いものや、淡紅色になったものや、重弁になったものや、花種が格別長くなったものなどいろいろの変種ができている。奈良公園のフジの類は多くはノダフジであるが大和の山間部には、ヤマフジがノダフジと混じって分布している。とくに大宇陀 榛原方面にはノダフジの巨樹がところどころに見られる。
春日若宮の社殿に向かって左側に古色ソウ然として大蛇のようなツルを付近のナギの木に巻きつけているものがある。このフジは古くから「八ッ藤」と呼ばれて、宝永年間のころから「春日八ジ藤講」さえ結成された由緒あるフジである。
春日大社前の砂ずりの藤は花穂が1メートル余りにも達するノダフジの変種で優雅そのものである。



薬師寺近くの うのん から大和気象歳時記

「春日の森の昔ばなし」から
「猿沢池に出現した怪獣」


昔、奈良に都があった頃、時の帝におつかえする采女が、帝の寵愛の衰えたのを悲しんで、興福寺の前にある猿沢池に入水自殺をしました。帝は大へんあわれに思われ、池のそばに社を造ってその霊をとむらいました。采女は自分が入水した池を見るのがうらめしいと、一夜の間にくるりと向きを変えました。今でも采女神社は池に背を向けて西向きに建っています。


有名なこのお話には実は後日談があるのです。
采女さんが入る日の昼下がりでした。猿沢池に一陣のつむじ風がごうとばかり吹いてきたかたかと思うと、池の水が五、六メートルも吹きあがりました。
そればかりではありません。その夜、この猿沢池に七、八メートルもあろうかと思われる真黒な得体の知れぬ怪獣が立ち登り、虹を吹いているのを見た、という人もあります。

又、別の人は、畳四、五帖敷もある巨大な首が水中からぬうと浮び上ったが、その口は耳までさけ、目は真赤に光っていて、こんな恐ろしい怪物はいまだ見たことがない、と申しました。
そういえばこの夏、興福寺の忍長という若い坊さんが、むし厚い熱帯夜にたまりかねて、真夜中にこの軽沢池で水浴びをしようと池に入ったところ、ごぼごぼと沈んだきり、ついに上がってこなかったことがあったが、あれは池の妖怪に引きずり混まれたのだが、と専らのうわさになりました。当時の奈良の町の人々はこんな恐ろしいうわさで、それはもう大へんな騒ぎでした。このうわさは中央にまで聞え、藤原公賢という侯爵(くげ)は彼の日記に、「南都怪異、猿沢池に巨大な蛇頭が出没したということだ」と書いています。
この恐ろしい妖怪は、実は大昔からこの池に棲む竜神だったのです。ところが采女の入水で池が穢れたので、流は春日山中の高山にある竜王池に移りました。しかしその池にも死人が捨てられたので、こんどはすっと南の室生の竜穴へ移った、という別の話も残っています。
ひょっとすると采女さんの本性こそ、猿沢池を守る竜神であったのかもしれません。池の西北にある「采女神社」は現在、春日大社の末社で、毎年、仲秋の名月の夜、その霊を慰さめる采女祭りが賑やかに行なわれます。


薬師寺近くの うのん から大和気象歳時記

大和の自然
春日大社付近のフジ
  外部資料 野田阪神付近のフジ

フジは単に観賞だけでなく 古くはむしろ繊維用材料として利用されていた。とくに未開の時代には、フジの靱皮繊維で織物を作って衣としたことは、いろいろの記録に照らしてもわかる。中古時代には、高貴な人々は絹の衣 貧しい人々は藤の衣を着用するならわし
となっていた。また高貴な人々でも服喪中はとくに藤衣を鈍白に染めて 着用する習慣も久しくつづけられていた。
大和地方に分布するフジは品の良いノダフジ すなわちフジの類が一番多くノダフジの名前の由来は 大坂府野田付近が往時名所であったことに由来する。紫色の花が比較的長い穂になってつき、ツルは多くは左巻になっている。この種類に次いで多いのがヤマフジで
紫の花穂は短く 個々の花は著しく大きい。またツルは右巻になっている。