薬師寺近くの「うのん」から大和気象歳時記 十津川郷の昔話
高森重蔵 何でも明治維新前の人らしい。その人は高森重藏と呼ばれていたが、その出生地も本名もわからない。何か都合があってかくしていたものらしく、高森(地名)の巽屋(屋号)に住まわせてもらっていた。木挽き(木材を大鋸で切ること)が本職だったらしいが、動作に隙がなく剣術のたしなみもあったようだ。というの... 続きをみる
薬師寺近くの小さな本のある喫茶店
高森重蔵 何でも明治維新前の人らしい。その人は高森重藏と呼ばれていたが、その出生地も本名もわからない。何か都合があってかくしていたものらしく、高森(地名)の巽屋(屋号)に住まわせてもらっていた。木挽き(木材を大鋸で切ること)が本職だったらしいが、動作に隙がなく剣術のたしなみもあったようだ。というの... 続きをみる
大池のご前若の宮 十津川 上野地のお話です 日本有数のつり橋で有名です。 今から二百年ほど前のことである。 上野地の川向い、なかしまというところは、そのころ人家も多く、豊かな田畑が広がっていた。ところがいつの頃からか、何者かによって作物が荒らされ収穫も少なくなった。 なかしまに、「中根」という金持... 続きをみる
桂又妙権太夫の話 伝え聞くとところによると、迫西川(せいにしかわ)では松木平(まつきひら)と則本(のりもと)の二つの姓だけじゃったらしい。 迫西川は 西川上流の最奥山岳地域である。 外部資料 則本の始まりは、則本桂又妙権太夫という武士で、たしか平家の落ち人の子孫じゃったちゅうことじゃあ。 ところ... 続きをみる
京都三十三間堂の棟木 外部資料 桑畑に柳本というところがある。そこには、古い柳の木があったが、道路が広げられたとき切られ、今では柳本という地名があったことさえ、知る人は少ない。 むかしむかし、この山奥の柳本へ都から役人と大勢に人夫がやってきた。当時、この柳本には、天にも届くかと思われる柳の大木が一... 続きをみる
熊谷の矢の子 昔、昔、内原奥里の平山のみこどりというところで、巫女さんが、石くど立てて湯を湧かし、矢を清め、熊谷の方角めがけてヒョイと力いっぱい射たそうな。 矢は、そのまんま一里(約4キロ)もあろうかと思われる、あの熊谷の丘まで飛んだ。 そして、熊谷の丘の地面にプスッーと、さかさまになって突っ立っ... 続きをみる
氏神様を怒らせた男 外部資料 十津川村は山林に囲まれています。その中で 内原(ないはら)は珍しく水田が広がっています。 ずいっと昔から、ここ内原の在所では、年に一度の氏神様のお祭りの日に、在所の衆ひとりのこらず社の森に集まってにぎわあうことにしておった。 今年も、みなの衆、お神酒をたらふくよばれ、... 続きをみる
お大師さまと上湯川 高野山は弘法大師さまが開いたことで名高い山じゃ。 その大師さまが、高野山を開くまでに、全国各地を修行して歩いたのじゃ。そのおり、この上湯川へも立寄られたらしいのじゃ。とくに、大師さまは、人びとが修行するのにふさわしい道場をどこで開くかと、各地を旅して探したようじゃ。 上湯川の上... 続きをみる
奈良県の南 和歌山と接して熊野古道小辺路がある。 山林に覆われた村です。 狸 昔、高津(たこつ)の下の丸瀬下(まるぜした)でのことであった。この時分の川といっても、谷のようなものだった。そんな所へ鮎ひきに行った時の話だが、わしが一日ひいて、夕方、家へ帰る途中のことだった。 なにげなく川を眺めてい... 続きをみる
難題聟(ムコ) むかし、あるところへ、きれいな娘の巡礼がきよった。ところがな、ある若い男が、その娘を見初めやってな、 「あんたは、どこの国の方でっか。」 ちゅうて聞かってんが。 ところが、娘さんはそれに答えんで、 「恋しくは、たずねてごんせ 十八の国 夏吹く風の ごんしょどころ」 っ... 続きをみる
吉野の山々は深く 熊も多くすんでいるという話はあります。 木々も多く 動物と人々が住んでいたことでしょう。 そんな吉野の昔話です。 猟師と子熊 むかし吉野の山奥にかりうどが住んでやてな。鉄砲うちが上手で、毎日山へ出て、鳥やけものをうちやってんと。ある日、大きな一匹も熊を打って、担いで帰てえって、 ... 続きをみる
ガタロの恩返し 大塔村 ずっとずっと昔の話でな。 ある村に助ヤンという人がおってな。生あたたかーい風がふきよる晩、せっちん(便所)に入ってやったら、落しのしたからニュと、猿のようなけだものの手が出てきよってな。そいで、つめたーい手で、お尻をなでるように、しよたんで、助ヤンは、 「エイッー」というて... 続きをみる
吉野は日本のパワースポット 外部資料 外部資料 4月桜が満開となって山全体が桜色に染まる吉野に出かけられる人々が多いと思います。 その吉野は桜を愛でるだけではなく、古代から人々は祈りを捧げ 修行し パワーの凝縮を感じる地です。吉野は大和朝廷発祥の地、飛鳥から南に拡がる山間部、川上村の丹生川上神社境... 続きをみる
聖徳太子考養像 薬師寺大宝蔵 聖徳太子十六歳の時、柄香炉を持って父用明天皇の病気平癒を祈ったといういわゆる考養太子御像で、両脇にやや小さい童子を従えている。こうした三尊形式は「唐本御影」以来、各時代にわたって描きつがれて来たが、この図は太子が宝冠を着けること、一童子が笠蓋を差し掛けること、一童子... 続きをみる
釈迦八相像 が 外部資料 今からおよそ2500年前のインド。 大きな菩提樹の下に、草敷いて坐り、静かに瞑想していたお釈迦様に、悟りを開く時(成道)が近づいた。 お釈迦様に悟りを開かれては困る。人々を苦しみの世界にいちまでも留めておくために、魔王は3人の美しい娘を遣わして、お釈迦さまを色仕掛けで誘惑... 続きをみる
慈恩大師 「西遊記」で三蔵法師として親しまれる玄奘三蔵は、インドで十八年も勉強して、多くの経典を持ち帰られました。帰国後玄奘三蔵は翻訳に献身されなければならなかったので、教義の面は一秀の入室といわれた慈恩大師に譲られました。この師弟は後に修唯識論(じゅうゆいしきろん)という書物を合糅訳(ごうじゅう... 続きをみる
白鳳双塔 東塔修復中 水煙新旧 天に向かってのびやかにそそり立つ塔には不思議な、人を引き付ける力があります。喜びと憧れを与え私達を引きよせてくれます。白鳳時代の偉容を今日に伝える東塔、昭和に白鳳が再現された西塔 二つの塔は一見六重の塔に身rますが、三重塔です。これは各層に裳階(もこし)とい... 続きをみる
お薬師様がお座りになっておられる台座は奈良時代における世界の文様が集約されています。一番上の框(かまち)にはギリシャの蒲萄唐草文様、その下にはペルシャの蓮華文様が見られます。各面の中央には、インドから伝わった といわれる力神(蕃人)の裸像が浮彫りされ、内から外の様子をうかがう風でもあり、またお薬師... 続きをみる
花会式 正式には 修二会花会式 といいます。 嘉承2年(1107年)堀河天皇は薬師如来に皇后の病気平癒を願われ 霊験を得られた皇后は、毎年宮中の女官たちと、造花をおつくりになって修二会にお供えされました。これが、花会式の起こりです。 梅 椿 牡丹 菊 山吹 藤 桜 桃 百合 杜若の十種1696本の... 続きをみる
もうすぐ 目の前の薬師寺における 修二会花会式がはじまります。 少し 奈良の民話 の紹介をお休みして 薬師寺にまつわる話をブログします。 この書物は薬師寺さんが発行されたモノです。 背景に 若草山 大仏殿 興福寺の五重塔も写ってます。 また 東塔の元の水煙が入れられています。 薬師寺 名前から 病... 続きをみる
洞川温泉郷は大峰山から発した熊野川の源流ともなっている山上川のほとり 洞川温泉は、修験道の盛隆とともに大峰信仰の登山基地として栄えた。 開かれた縁側は一度に山伏が旅館にあがれるようにしたもの。 洞川のめくら蛇 吉野郡のお話 むかし、吉野の洞川にひとりの山男が住んどった。女子をつれて帰って、そいで夫... 続きをみる
金の橋・銀の橋 吉野郡のお話 むかし、あるところに、ふたりの大金持ちがいやってんが、ふたりとも奥さんがおらんでな、良い嫁御寮をさがしてやてんと。 召使や、いろんな人にたのんで、ようやっとひとりの娘さんをさがしあてやってんが、おんなじ娘さんやってんと。 ほんでひとりの金持ちは 「わしのところへ嫁にき... 続きをみる
仏さんとネブカ(葱)とダイコ(大根)の芝居見物 吉野郡に伝わる笑話 外部資料 ネブカ むかしむかしのこっちゃが、仏さんとネブカとダイコと三人で、芝居見物に行こってんと。 そいで、ネブカが、 「ネブタイ、ネブタイ」っていおったんで、ダイコが、 「抱いたろか」 といおってんと。へたら(そしたら)、仏... 続きをみる
三輪素麵の由来 吉野郡のお話 三輪素麺は 日本の麺類発症の地 ここから 全国に広まり地域にあったものが生まれました。その三輪素麺にまつわるお話が多くあって これは 吉野地方の話です。 外部資料 三輪の大神神社への感謝祭り むかしのことやー。 三輪の神さんがなんとか姫に魅入るりしやってなー。毎夜、ど... 続きをみる
月ヶ瀬は今は奈良市に入ってます 京都府 三重県 奈良県 の間にあり伊勢参りの人が通る道があります。 月ヶ瀬梅林で有名です サルの尻はなぜ赤い 添上郡の話 むかし、ある冬の日、月ヶ瀬の伊勢講山が焼けたことがあったんや。そのとき、火事見物に来たサルは、顔をつき出しよって火にあぶっとたが、あんまり暑う... 続きをみる
鐘にフシの木 宇陀郡 むかし、奈良の大仏たんつくらはったころの話やね。大仏たんに時を知らせるどえらいつり鐘を鋳こまらはってな、つりがね堂に吊ろうとしやんねど、何べん吊らっても、鐘のめかたが重たいもんやさかい、堂の梁が折れよんねん。そいで、困らってな、どねんしたらええやろいううてやったんや。 その... 続きをみる
くつぬぎの天女 宇陀郡のお話 外部資料 むかし、竹渓之庄の目代だった藤原時兼という若いお公卿さんが、、あるとき 向渕(むこうじ)の竜王ヶ渕のほとりをふとりで歩いてやると、天から下りてきやはった二人の美しい天女さんが、雪のような白いゆたかな肌を出して、水浴びをしやはるのを見やってんと。 外部資料 ... 続きをみる
三尺のワラジ(草鞋)宇陀郡のお話 ワラジ 外部資料 むかし、姑さんと嫁さんの仲が悪い家があったんや。 嫁さんがよなべ(夜仕事)してやったら、姑さんは、嫁さんになんどいじわるすることはないかなーと思って、火鉢の端にすわって、煙草吸うて、じっと見てらったら、わがヒザボン(膝頭)の上に、煙草の灰がこぼれ... 続きをみる
女房の知恵 むかし、あるところに、大工の名人がおったんや。家を建てるのに、あやまって大黒柱を五寸ばかり短く切ってしまやったが、継いだりしたら、名人の面目にかかわるしな。 「こりゃ、腹っを切らにゃならん」 いうて、家に帰ってなげきやってんと。 ほたら、女房がかたわらから、 「そんなら、柱の下にそれだ... 続きをみる
ならら 3月号 辰年に竜神さまのお話です。 雨を乞う神様 竜神さんのお祭りも多くあります 「龍」の 多くあり 伝説のモノではありますが、 人々の生活と密着した内容です。 あわせて ご覧頂きたく思います。 今月のお休み予定 4日(月)5日(火) 11日(月)12日(火) 17日(日)18日(月)19... 続きをみる
鶴の塔 むかし、栗原谷の六本ちゅうところに、浦西いう家があってん。そこの主人が、ある日、東の空を見てやったら、病にかかった一羽の鶴が、よなよなと舞い下りてきよってん。 ほいで、主人はかわいそうに思はって、家のものどもといっしょに、親切に世話してやらったおかげで、鶴はしばらくの間にすっかり元気になっ... 続きをみる
蓑丸長者 桜井市 むかし、初瀬から宇陀へ越える山の峠に、ある若いもんがおったんや。それが十九のある日、一日のうちにオトウとオッカアに死なれてしもたんや。涙にくれてたが、野辺おくりがすんでから、親の菩提をともらうねというて、長谷の観音さんへ月詣りをはじめよったんや。若いもんは正直で、よう働きよったが... 続きをみる
三輪山で力くらべ むかしのことや。 三輪山の南に川合ちゅうとこがあってな、そこを流れる栗原川(ゆうばら)に架かったったちったちっちゃい石の橋をこんにゃく橋っていうのや。その橋のたもとに、ちょっとした石があったんやと。 むかし、唐の使いがわが国へきたはじめたころの話やが。あるとき、唐の使いの賀王と... 続きをみる
加賀の金沢かねどころ むかしむかし 初瀬(はせ)の里に生玉っていうた長者はんがいやはった。その長者に、わごというた美しい娘さんがやってんと。やがて二八(十六)のとしにならったら、 「わしをもろてんか」 いうて、ほうぼうから若ものがやってきやって、長者の門前は市場のようなにぎわいやってんが。 そやけ... 続きをみる
大安寺と弘法大師と「笑」 犬に脚「笑」の字 外部資料 むかし、弘法大師が奈良大安寺で修行してやったとき、お経の修行のかたわら、文字をつくってやはった。どんどんつくれたが、「わらう」という漢字だけは、どうしても工夫がつかなんだ。 大安寺の大師堂から上街道を見ていやはると、向こうから旅の坊さんがきやっ... 続きをみる
もの言うお地蔵様 いつも地域の人々によって綺麗にされてます。西の京駅からまっすぐ東の道 薬師寺の北側徒歩5分足らず行くと 秋篠川を渡る手前北側にいらっしゃいます。 お地蔵様の後ろ側(北側)には、公園があります。 奈良の西の六条に「餅の木地蔵」っていう石地蔵さんがあってな、モノイウ地蔵ということやっ... 続きをみる
屁こきばあ 北葛城郡 のお話 むかし むかし あるところーに、おじいさんと おばさんとすんでやってなー。おじいさんは、毎日山へ仕事にいってらたんたんやけど、しょんべんしようとなって、ほんだら、スズメが飛んできよって。おじいさんは、そのスズメをすばやくつかまえてきやはって、 「ばあさんや、スズメとっ... 続きをみる
ノミとシラミの伊勢参り 北葛城郡に伝わる昔話です。 外部資料 むかしむかし、ノミとシラミがお伊勢参りをしようかというて、どっちがはよつくか競争することにしよたんやとー。 「一、二の三、ヨーイドン」 で出発をして、ノミは 「ピョンピョン」 と飛んで、ずんずんむこうへ行ってしまうのに、シラミは、ゴソゴ... 続きをみる
こんばんは 本日から 「奈良の民話」を紹介させて頂きます。 各地域に伝わるお話です。 ヒチコとハチコの伊勢詣り 北葛城郡 むかし むかし、あるところーに、ヒチコとハチコという男がよってなあ、このふたりは空を飛ぶことができてんとー。 ある日ふたりは相談して、 「一っぺん、伊勢まいりましょうか」 「... 続きをみる
興福寺のお話 宝蔵院流の槍 もう一つ、興福寺もまつわる伝説として、宝蔵院の槍の話をします。 昔 興福寺の一院に、宝蔵院という寺がありました。(現在国立博物館が建っている西のあたりにあったそうです。)ここに、槍術が大好き胤栄(いんえい)という法師がいました。胤栄法師は武士四十人あまりと試合をして、勝... 続きをみる
興福寺 十三鐘の石子詰 外部資料 奈良公園、東大寺、興福寺・・・。どこをあるいても目につくのは、きれいな毛並みとつぶらな瞳は、春日大社の神の使いとされています。昔、鹿は非常に大切にされ、鹿に危害を加えたものはきびしく罰せられました。「鹿を殺せば石子詰」といって、死んだ鹿と一緒に生き埋めにされる刑ま... 続きをみる
唐招提寺 竜神と仏舎利、和上様のこと 外部資料 「おほてらの まろきはしらの つきかげを つちにふみつつ ものをこそおもへ」。 奈良をこよなく愛した歌人・会津八一は、昭和十五年刊行の歌集「鹿鳴集」の中で、唐招提寺をこのようにうたいました。エンタシス式の列柱で有名な金堂、現存する唯一の平城宮建築であ... 続きをみる
新薬師寺 (釣鐘のいわれと不思議なご利益) 外部資料 外部資料 境内を埋める萩と十二神将とで有名な新薬師寺には、重要文化財の鐘楼があります。そこには千百年ぐらい前の古い鐘楼がかかっており、「日本霊異記」の中に、こんな話が伝えられています。 敏達天皇の御世(572~585)のこと、都の近くの百姓に一... 続きをみる
円成寺 朝鮮に渡った栄弘師 奈良市忍辱山 外部資料 円成寺には「大蔵講来二合船残録」と記した巻物が保存されてます。もとは半紙の和綴じの冊子でしたが、江戸末期の寛政元年、円成寺の知恩院々主良助師が襖を張り替えた時、その下張りに使われていたのを見つけ、前後を整えて巻物にしたのです。ですからこの巻物には... 続きをみる
宝山寺 不動明王と湛海(たんかい)律師 外部資料 生駒聖天として有名な宝山寺。しかしこの寺の本尊は聖天山ではなく、不動さんです。不動明王と宝山寺との深いかかわりは、次のような話からもうかがえます。 昔、この山は木を切ったり草を刈ったりするといろいろ災いがあり、魔の山として恐れられており、午後4時過... 続きをみる
千光寺 生駒郡平群 役の小角と滝の大蛇 外部資料 外部資料 今より千三百年前のこと、葛城山のふもとの茅原の里に役の小角(役行者)という行者がいて、幼時から山中を駆け巡り、呪文を唱えて修行してました。 青年になったある日、小角は平群の里で清らかに澄んだ小川を見つけました。この水はどこからくるのだろう... 続きをみる
信貴山 正しくは 信貴山朝護孫子寺 大阪と奈良の府県境にあります。本尊は毘沙門天(四天王の一人 多聞台)。北の生駒聖天に対して、南の信貴山毘沙門天として、多くの信仰を集めています。 信貴山という名は、聖徳太子が物部守屋を討伐したさいに戦勝を祈願して、一堂を建立、 「信ずべし貴ぶげし」とのたもうたこ... 続きをみる
法隆寺 外部資料 「法隆寺は秋がいい、それとも秋の夕暮れがいい」という人がいます。 世界最古の木造建築物である法隆寺。柱、壁、そのそのずべてからかもしだす色あいは、人為的にはけっして作りだすことのできない、ひとり 長い時間の流れのみが生み出すことのできる枯れた色彩です。そんな法隆寺と晩秋の青い空を... 続きをみる
橘寺 外部資料 明日香村、石舞台の西北に、橘寺はあります。この寺は、聖徳太子がお生まれになったという御殿を移したもので、太子創建七ヵ寺の一つに数えられています。橘の名前は田道間守がここに橘を植えたという伝説からきています。 外部資料 昔、上石第十一代の垂仁天皇ひゃ、どこかで不老長寿の国があることを... 続きをみる
西国三十三か所 七番札所 岡寺のお話です 外部資料 厄除最古のお寺です。 高市郡明日香村にある岡寺は、「厄除」の観音さんとして広く知られて、厄除祈願の人々の参詣が絶えません。このお寺はもともと龍蓋寺(りゅうがいじ)と云い、こんな伝説があります。 今から、千三百年以上も前のこと、悪い竜がいて人々を困... 続きをみる
桜井市 はせでらのお話 外部資料 天文6年(1537年)のことです。長谷寺では、全国から百人ばかりの絵の描けるお坊さんが集まって、本堂いっぱいの大きさの紙に本尊十一面観音のお姿を描き写すという作業が始められていました。これは長谷寺五十六世座主である弘深上人の発案によるもので、上人は戦いばかり続いて... 続きをみる
奈良の民俗学系の書物を多く所蔵しております 専門家の方からお子様にも楽しんで頂けるもの 奈良を旅するまえに ちょっとレア な知識を持って 出かけてみませんか 倍以上楽しめる 本当の奈良 人々の暮らしが見つけられます。 この中から 室生寺 のお話を紹介させていただきます。 外部資料 室生寺は駅からバ... 続きをみる
お薦めの本 毎月 ならら をお薦めしています。 奈良の歴史 自然 人々の生活を分かりやすく 表されています。 今月2月号は 東大寺二月堂修二会 お水取りの特集です。 3月に行われる 我々が目にする 燃え盛る松明 だけででなく 二月堂縁起 そして 東大寺の長老による お話が記載されています。 今月の... 続きをみる
所蔵本の紹介 奈良 大和路寺寺の昔話 奈良には町の彼方こちらにお寺 神社があります。 そこには 豊富な伝説があります。 その一部ですが 紹介します。 もうすぐ 若草山の山焼き 27日(土)です そのあとには 節分です。 その節分にちなんだお話です 吉野山の金峯山寺 蔵王堂のお話です 節分の夜 金峯... 続きをみる
春日大社 先日のブログにかきましたが、奈良の春日大社は藤原家の氏神様です。 その藤原姓は 藤原鎌足から です。大化の改新で 後の天智天皇 中大兄皇子 その弟 天武天皇 大海人皇達と 大化の改新で大活躍した 中臣鎌足は 藤原姓を天皇から頂きました。 そして 藤原鎌足の眠る古墳は 高槻市阿武山にありま... 続きをみる
本の紹介 今週始まりました NHK大河ドラマ「光る君へ」 その中には藤原氏が多く出てきます その藤原氏の氏神様の 春日大社 鹿島の神様が三笠山に 遷される時のお話です 文庫サイズ 中は絵本 春日大社の伝統のある御祭りも優しく 大人向きですが お子様にも分かりやすい表現です ■住所 〒630-80... 続きをみる
本の紹介 民族学及び民俗学に類する書物を中心においています。 古い地図 や 資料 そして 大人から子供 幼児まで楽しんで頂ける 本 を扱っています。 今回紹介するのは 天理市ふるさと運動実行委員会 がまとめられた 「てんりの むかしばなし」 です 「あおがきこもれる」奈良の枕詞があります この青... 続きをみる
2024年1月号 ならら です 奈良の25年の変遷をかんじることの出来る号です。 奈良と京都どちらも「古都」の言葉で代表される街です。 しかし 奈良 京都は違います 私は奈良から京都へ都が移り その後 奈良は滅びた時代があったのかと そこで 古墳 や遺跡が埋没している それを探る面白さが 奈良には... 続きをみる
本のある喫茶店 うのん 所有の蔵書の紹介 吉野 文字通り 川上村の昔話 の伝承話を 手書きで記載させた本 立命館大学 故岡節三先生を中心にまとめられています。 高齢の方々に 口伝えをノートに書き記したものとおもわれます。 同じ内容も お話される方によって 伝承文学 ともいうのでしょうか 多少の違... 続きをみる
今月のお薦め本 奈良全体の世界遺産を紹介されています。 近くの薬師寺も紹介されてます ■住所 630-8053奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■℡ 0742-43-8152
今月のお薦め本 秋本番 正倉院展の季節です。 素晴らしい宝物をみることができます。
今月のお薦めの本 毎月 ご覧頂きたく 紹介させて頂いてます。 NHK 大河に因んででしょうか? 徳川家康と大和 がメインテーマです。 徳川家康とその家臣が大和で果たした功績が紹介されてます。 ■住所 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■℡ 0742-43-8152
まだまだ暑い日々 今月のお休み予定 4日(月)5日(火) 11日(月)12日(火) 17日(日)18日(月)19日(火) 25日(月)26日(火) ■住所 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■℡ 0742-43-8152
大柳生の太鼓踊り 外部資料 大柳生の里に祭られている夜支布山口神社は、スサノオの命を祭神とする水のかみさまだという。上出 塔坂 西の三垣内が宮座をつくり、永く敬虔に祭祀を営んでいる。この宮座は年長順に二十人が二十人衆とよばれ、一年交代で順番に当屋をつとめる。十一月一日に頭渡しがあって、前の当屋から... 続きをみる
阪本踊り 外部資料 盆になると、大塔村の阪本、小代、簾、天辻、中原、天川村の塩野 塩谷地区では、風流踊りに夜をあかす。昔は旧盆の17日の前後から、盆の月中および八朔、旧8月15日夜の月見などに地蔵堂や薬師堂、あるいはお宮の庭などで踊られた。 踊りの中に「政吉」というのがある。この踊りは大勢の村人... 続きをみる
十津川 大踊り 8月13日~15日 外部資料 奥吉野十津川では、中世以来の伝統をもつ風流踊りが今に伝えられ、あちらこちらの村で毎年行われている。その代表的なものが十津川村の武蔵・小原・西川で盆踊りとして踊られる「大踊り」である。 8月13日は小原の大踊りで、午後8時ごろから12時ごろまで、小学校の... 続きをみる
大文字送り火 8月15日 奈良市高円山 外部資料 奈良の大文字送り火は昭和35年(1960年)8月15日から当時の知事の発願によってはじめられ 36年からは行事の主催が新しく組織された奈良大文字保存会にうつされた。 奈良市の東方、春日山の南につづく高円山の山腹に太く大きく点火される「大」の文字は夏... 続きをみる
二月堂の 「おくよ」 外部資料 外部資料 二月堂 といえば お水取りを思いうかべますが 他にも行事はあります。 特に8月9日を「おくよ」と呼び、この日参拝すると、四万六千回参拝したと同様の功徳が得られるといわれているので、この日の参詣は多い。 「おくよ」の起源についてもつまびらかやでないが、観音経... 続きをみる
東大寺 大仏 お身拭い 今年はコロナの影響で3年ぶりの お身拭い 8月7日7時から9時半頃に行われる。 外部資料 江戸時代では、十二月十三日を「ことをはあじめの日」と呼び新年を迎える諸準備をはじめる日と決められたようで、「続江戸砂子温故名跡志」に「十二月十三日、御煤払 屋敷方、町屋ともに多く、すす... 続きをみる
高原の法悦祭 8月7日から16日 外部資料 川上村の土地柄は、さきに後南朝自天王をまつる「お朝拝式」で紹介したごとく、格式の高い古風な行事であるが、ことに高原区では品格の高い数々の行事がとり行われていることは注目すべきである。 この区独自の朝拝式と御南朝忠義王をまつる行事としては毎年2月福源寺での... 続きをみる
今月のお勧めの本 毎月お勧めしているなららです 空海 弘法大師と奈良の寺々のつながりが紹介されてます。 本のある喫茶店 うのん 今月の予定 お休み予定 1日(火) 7日(月)8日(火) 13日(日)14日(月)15日(火) 21日(月)22日(火) 28日(月)29日(火)
御祓祭り 7月30日31日 外部資料 綱越神社は桜井市三輪町の温祓(おんばら)にあり、大神神社の摂社である。昔は初瀬川がこの付近を流れており、舟で来ても、また西の大泉の方から歩いて来ても、ここからまっすぐに大神神社へ参ったのである。社のほとりに、「駒つなぎの松」があってこれに馬をつなぎ、この祓戸の... 続きをみる
畝火山口神社夏祭り お峰デンソソ 7月28日29日 外部資料料 畝傍山の山麓(昔は頂上)に鎮座する畝火山口神社の夏祭りは、毎年7月28日29日の両日行われ、俗に「お峰デンソソ」といわれて、近在からの参詣者も多く、参道には露店が立つ並ぶ。昔は近在42村の郷社であった。農家では「お峰デンソソの太鼓が ... 続きをみる
灯籠流し 吉野郡上市町 7月下旬 外部資料 上市は下市とともに古くから吉野奥地との交通の足だまりで、物資の集散市場として多くの商店が栄えてきた。これらの商店が自家の取り扱う商品を組み合わせて、舟や車などで、様々の姿を作って組み立て、祭りの催しとしていた。大正6年、上市実業協会(現在の商工会)が誕生... 続きをみる
帯解寺の子安地蔵会 7月23日 24日 外部資料 子安山帯解寺は千二百年前の神護景雲二年(768)の創建といわれている。文徳天皇の御妃染殿皇后が久しく御子なく、御憂慮の時に皇后の祖神である春日明神の夢の御告げによって、この寺の本尊子安安地蔵菩薩にご立願あらせられた。そして皇子惟仁(これひと)親王 ... 続きをみる
解除会 蓮華会 外部資料 夏にそなえて大和の各地で、「名越の祓」「蓮華会」などと呼ばれる除厄防病の行事が行われる。聖武天皇の勅願で鎮護国家の大寺として創建された東大寺では、7月28日大仏殿の前に茅草でつくった径3メートルにも及ぶといった茅ノ輪が設けられる。午前8時から東大寺僧侶がこの茅ノ輪をくぐり... 続きをみる
蔵王堂の蓮華会と蛙飛び 吉野金峯山寺 外部資料 外部資料 俗に蛙飛び行事といわれるものは 金峯山修験本宗の金峯山寺が行う蓮華会という行事のうち、蔵王堂の献花のあとに付け加えられた宗教劇的な一行事である。 蓮華会とは蓮華を仏様に献じる行事で、大和高田市の奥田という所の蓮池の漣を大峰七十五なびきの霊... 続きをみる
お勧めの本 ならら7月号 奈良と京都の古寺と仏が紹介されてます。 今月のお休み予定 7月 3日(月)4日(火) 10日(月)11日(火)12日(水) 17日(月)18(火) 24日(月)25日(火) 31日(月) ■住所 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■℡ 0742... 続きをみる
金剛山れんげ大祭 7月7日 外部資料 れんげ大祭のれんげとは、「蓮華」すなわち、はすの花の意である。この日は はすの花をお供えしてご本尊の法起大菩薩ならびに開祖役行者(神変大菩薩)に報恩謝徳の誠をささげ 国民の幸福を祈る。それは、昔役行者が法華経二十八品を、この葛城山脈に経塚二十八ヵ所 を造って一... 続きをみる
今月のお勧めの本 南朝 北朝時代 そして宮瀧の発見 時代の流れを感じていただけます。
コロナで延期になっていた 薬師寺東塔の落慶法要も終わり 今東塔 西塔の中を一般に公開されています。 普段見ることのないモノです 平成7年薬師寺発行の 所蔵されているお香の宝物の冊子です。 お香の文化を 伝えてえいます また 正倉院にの蘭奢待 にも記載あります。 ■住所 630-8053奈良県奈良市... 続きをみる
今月のお勧めの本 今話題の 富雄丸や古墳の宝物が知ることできます。 薬師寺 の東塔の落慶法要は終わりましたが 来年令和6年1月15日まで東塔西塔の中を一般公開されています。 ■住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■℡ 0742-43-8152
今月のお勧めの本 ならら4月号です 毎月お勧めしています。 今月のなららは 大神神社 です 日本最古の神社といわれています。 自然物崇拝した古代の人々の心のよりどころ としての姿がしのばれる神社です。 卯年 繁栄となる年と言われている 卯年それが今年です また なでうさぎ として拝殿前におかれてい... 続きをみる
大神神社の鎮花祭り 外部資料 外部資料 由緒の深い鎮花祭りは毎年4月18日午前10時から大神神社の本社でおごそかに執行され、つづいて午前11時から摂社狭井神社でも行われる。この祭りの起こり崇神天皇の御時に疫病が流行したので、御祭神大物主神の御告げによって、その神の子孫、大直弥子(おおたたねこ)命を... 続きをみる
大和郡山市のお城祭り 3月24日~4月7日 郡山城は近世郡山のシンボルであった。 外部資料 天正8年(1580)筒井順慶の大和統一が成り、雁行型になっていた中殿、薬園殿、辰巳殿の三つを併合して、郡山城が築かれた。筒井氏の後豊臣秀長が百万石の大守として入ってきてからは、大きななわばりが出来て郡山城は... 続きをみる
#薬師寺花会式 3月25日~31日 外部資料 外部資料 外部資料 3月30日から4月5日にかけて本尊薬師如来に国家の安泰と五穀豊穣・万民豊楽を祈る法要が行われる。古くは2月に行われていた行事で修二会と呼ばれていたが、堀河天皇の嘉永2年(1107)皇后が病気にかかられたので、この寺に平癒を祈願された... 続きをみる
#興福寺の文殊会 外部資料 外部資料 外部資料 興福寺は藤原氏の氏寺として、藤原不比等(ふひと)が厩坂(うまやさか)にあった」厩坂寺を平城の地に移した寺である。藤原氏が隆昌におもむくにつれ、この寺も盛大になり、寺領も全国に及び、堂塔伽藍が百数十棟、僧侶も三千の多数にのぼったという。 この寺で行われ... 続きをみる
#般若寺の文殊菩薩 外部資料 外部資料 奈良市般若寺町 般若寺も文殊菩像を寺として文殊会が行われている。 寺は飛鳥時代の創建さしく、聖武天皇の頃に般若寺千坊とよばれる大寺があったが、治承4年(1180)の平重衡(しげひら)に焼かれてのち荒廃し、文永5年(1268)西大寺叡尊(えいそん)らの努力によ... 続きをみる
#文殊院 桜井市安倍文殊院 3月25日 26日 外部資料 外部資料 外部資料 桜井市、安倍文殊院の文殊菩薩は、丹後の切戸・奥州の永井とともに日本三大文殊の一つとして全国に知られ、会社は陽春三月二十五、六両日にわたって行われる。 獅子背上に座し、右手に降魔(ごうま)の利剣を左手に蓮華(れんげ)を持つ... 続きをみる
#法隆寺会式 3月22日~24日 外部資料 た堂 外部資料 この会式は聖徳太子の霊おまつりご聖徳を追慕奉さんする法要で、寺では聖霊会と称し、一般には法隆寺会式と呼んでいる。 この会式の起源については詳かではないが「古記」によると夢殿を再建した行信僧都が聖武天皇の勅許を得て2月22日(太子のご命日)... 続きをみる
#春日大社の御田植祭 3月15日 外部資料 外部資料 外部資料 外部資料 外部資料 この祭りは、五穀豊穣を祈願する祭典で、御田植祭と御田植神事からなっている。 「社記」によると「二条天皇の御代の長寛元年(1163)正月の申の日にはじめておこなわれた」とある。祭典の方法については精しい記録がないので... 続きをみる
お勧めの本 明治維新の先駆けとなった 「天誅組」についてです。 時代の変わり目の若き志士たちです 「大河ドラマ」とか歴史ドラマになって全国に知られて欲しいと考えています。 今月のお休み予定 6日(月)7日(火) 13日(月)14日(火) 19日(日)20日(月)21日(火) 27日(月)28日(火... 続きをみる
#桜井市の八講祭 外部資料 外部資料 桜井市多武峯付近、談山神社を心のふる里とする生田(おいだ)浅古(あさご)下(しも)倉橋 下居(おりい)多武峯(八井内、百市、飯盛塚、鹿路、針道 多武峯、西口)横柿 今井谷の八か所では八講祭が行われている。昔は北音羽(きたおとわ)もふくまれていたが、大正九年から... 続きをみる
#東大寺 二月堂お水取 外部資料 松明を待つ人々 外部資料 松明を眺める人々 大松明とお水取り 3月1日から14日にわたり二月堂で行われている修二会のなかで一般に親しまれているのは12日の大松明とお水取りであろう。当日は全国から多くの人が来られる。 大松明 当日練行衆が初夜の練行に上堂する際、「籠... 続きをみる
東大寺 二月堂お水取り お水取の行法に参加する練行衆は十二月十六日、開山堂での法要の前に発表される。決定後はいかなる事があっても変更されないことになっている。練行衆にえらばれた僧は、二月二十日から戒壇院の庫裏を別火坊とし、ここに練行衆は入る。別火というのはここで使用する風呂やかまど、火鉢などの一切... 続きをみる
東大寺 二月堂修二会 2月20日から28日 別火 3月1日から⒕日 本行 外部資料 外部資料法要 別火 この行法は東大寺の二月堂の本尊十一面観音に東大寺の僧侶(練行衆)がおのが犯した罪・けがれを懺悔して、国家の安泰と人々の豊楽を祈る法要で、東大寺の憎実忠(じっちゅう)和尚によ... 続きをみる
松尾寺の厄除 外部資料 外部資料 松尾寺は、天平の昔、元正天皇の勅願により開創されtらこさつで、大和盆地一望に見おろす松尾山の中腹にある。元正天皇が「日本書紀」の編纂を舎人親王に命じられたとき、親王は四十二の大厄であったので、松尾山に籠り大業成就を祈願された。養老2年(718)2月、初午の日、にわ... 続きをみる
長谷寺のだだ押し 外部資 西国霊場長谷寺の追儺会を俗に「だだおし法要」といい、二月十四日(以前は旧正の十四日)の午前二時から勤修される。 まず悔過導師以下職衆が上堂し十一面観音悔過法要を行う。次いで大導師が御胎内仏および如意宝珠、・閻浮提金(えんぶだこん)の宝印などを納めた箱を本尊宝前(向かって左... 続きをみる
江包・大西のお綱祭り 雄綱と雌綱の入船の式、これを俗に「お綱の嫁入り」といわれている。 外部資料 外部資料お この綱掛け神事は江包と大西の二大村人によって二月十一日江包の素盞鳴神社の境内で厳かに執行される。日本古式の姿を今に伝える猟奇的な原紙神事である。大西の市杵島神社ぼ末社に稲田姫命をまつる御綱... 続きをみる
#神社の砂掛け祭り 外部資料 廣瀬神社は崇神天皇のころの創建と伝え、祭神は和加宇加乃売命である。竜田神社は風の神とし、廣瀬神社は水の神として、尊信されて来た大和の古社である。鎮座の地河合町川合は大和川が合流する地点であり、本社はこの地方即ち廣瀬郷社であり、明治になってから官幣大社に列していた。 水... 続きをみる
#大神神社のおんだ祭 2月6日 外部資料 もともとは正月卯の日に行われていたが明治になって旧正月6日となり、更に新暦の2月6日に改められた。同社の『神事勤行日記』(明治3年=1870)には正月9日惣番・今月卯之二値二付御田也」とあって御田(おんだ)の呼び名で伝ているが御田植祭のことで、年の初めに五... 続きをみる