「うのん」の気象歳時記ブログ

薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

「うのん」の気象歳時記ブログの人気ブログ記事

  • 除夜の鐘 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 正暦寺 除夜の鐘 は一年の締めくくりである。過ぎた一年の悲喜愛憎の数々も、この除夜の鐘の響きの中に思いがこめられているようデある。 除夜の鐘は百八の煩悩を払い去り、清浄心で新年を迎えるという祈りをこめて撞かれる。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡  0... 続きをみる

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  • 大和の青垣 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    大和青垣国定公園 山之辺の道を歩くと 山に沿って 守られている様に感じませんか?山々に囲まれ 奈良盆地はあり 古代からこの山々に沿った道を人々は往来していました。 この風景は古代から延々と受け継がれているもので、柳生街道 山の辺の道 初瀬周辺を 青垣国定公園 に指定されています。 私は、山々は奈良... 続きをみる

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  • 高山 竹干し 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    初釜用に使われる青竹は 苔竹(まだけ)である。渋竹は青色が薄いので適さない。色のよい苔竹の二年生で硬質の竹を寸方切して食塩で磨き きれいに水洗いして使う。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡  0742-43-8152

  • 水鏡神社 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    五条町 氏神社は 水鏡天満天神社という。この神社の祭神は菅原道真で道真が九州大宰府に流転となったときここの池に姿をうつしたと言われていることから 水鏡 という名がついたと伝えられている。 唐招提寺の北側にひっそりと存在している。 ■ 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡   ... 続きをみる

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  • 裸体の仏像 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    伝光寺 律宗の寺で釈迦如来を本尊としている寺である。この寺に裸の地蔵菩薩を安置した地蔵堂がある。 裸形地蔵立像 は地蔵堂にあんちされ非常によく整った慈悲に満ち溢れるようなお顔も姿も美しい。裸地蔵というが、木彫彩色の像は白衣の上に衣や袈裟をきちんと着られている。七月二十三日は衣替えの日である。 ■ ... 続きをみる

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  • 若草山の野上社 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    若草山の南西山麓に興福寺衆徒が祀った野上社 奈都名集 また野神として記し 現在春日大社末社 祭神 草野媛命があり、毎年若草山山焼きの日この野上社を祭った後、山麓から点火されるが、江戸時代には この山を焼かないと「牛鬼」といふ妖怪が出るというので正月丑の日に山焼きをするとされていた。 ■ 住所 63... 続きをみる

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  • 御髪塔 三月堂 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    聖武帝髪を埋納されているといわれている御髪塔 三月堂と手向山神社の間に建っている ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡  0742-43-8152

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  • 三日地蔵 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    丹生神社 奈良市丹生町にある雨乞に霊験あらたかな丹生神社 三日地蔵と付属品を持って隣家にゆく。 厨子の中には地蔵二体 三日地蔵を床の前でおまつりしている。 丹生は昔から仏教(真言宗)の盛んなところで、勝王寺 福王寺 平等寺 が残っていたが、明治19年(1886)に、村を拳げて改宗し、神道になった。... 続きをみる

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  • 年末 藥師寺行事 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    12月 薬師寺 最寄り駅 近鉄西の京駅に掲げられた 藥師寺の行事の紹介です 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ℡  0742-43-8152

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  • 唐招提寺 蛇井戸屋形  薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    その昔井戸屋形の天井に蛇を描いた紙が貼ってあった。土地の人が云うことに井戸の水面に蛇が映っていた。この井戸に小石を投げ入れると池面に波が立ち池面映っている蛇がゆれて ゆれる蛇を診て蛇が躍るといってたのしんだ。 現在写経のときだけ 井戸の水が使われる。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1... 続きをみる

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  • 不退寺 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 平城天皇が退位の後 余生を送った菅の御所であったところに,美男で有名な藤原業平が自作の観音像を安置し平安初期(847に寺にしたと伝えられている。そのため不退寺は寺というよりこじんまりとした貴族の別邸といった趣ふぁある。業平が幾久しく法輪を転じて退かずと発願して命名した為正式には不退法輪寺... 続きをみる

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  • 石落神社 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 西大寺東門の外に石落神社の社殿がある。建長三年(1215)大和西大寺の領検注帳には右京一条三坊三坪のうち一反が「石落神敷地」となっているので これ以前の鎮座と考えられる。「続日本記」で宝亀元年二月二十二日の条に東塔心礎を破却した解き石の祟りを恐れて小片に割り道路にすてたが、その後天皇がご... 続きをみる

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  • 西大寺 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    東の東大寺 西の西大寺 と言われた。 西大寺東塔跡宝亀三年四月二十九日西塔が震動 その後修理したが平安時代に入り西大寺の堂塔は次々に被災し 延長六年(928)七月十一日東塔に落雷焼失し再建はされなかった。 今に残る東塔基壇跡と塔石 西大寺薬師堂 西大寺芝町一丁目にある薬師堂 薬師如来を安置している... 続きをみる

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  • 天神掘道真産湯の池 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 学問の神様菅原道真の産湯に使った 池。 菅原神社 から200㍍ほど北にある。 こじんまりとした池である。 この近くに 埴輪の釜跡もあり、土師師の存在がこのあたりにあったことが感じられる。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡  0742-43-8152

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  • 菅原神社 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 菅原という地名が文献にあらわれるのは日本書記垂仁天皇九十九年にアンコウ天皇即位三年八月九日になくなられ「三年の後に菅原伏見陵に云々と…」更に推古天皇十五年冬に古事記にはこの天皇(垂仁天皇)中略」 御陵は菅原之御立野の中に在り…さらに続日本記には元明天皇和銅元年... 続きをみる

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  • 奈良市庚申さん 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記師走

    外部資料 3月第二日曜日と11月23日町内の家庭から持ち寄ったぬいぐるみの猿を供えて無病息災 商売繁盛 夫婦円満を祈るという行事。当日参拝客には こんにゃくの味噌煮田楽がふるまわれる。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡  0742-43-8152

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  • 奈良市 氷室神社 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記師走

    外部資料 奈良時代吉城川の上流月日の磐と呼ばれているあたりに米を貯蔵する氷室を造り氷室神社をたてた。建保五年(1217)現在の土地に移された。仁徳天王闘鶏稲置大山主命 額田大中彦皇子をまつる。毎年五月一日に恒例の献氷祭がある。十月一日に秋祭が催される。毎年」世話係りを当番で行う制度をきめ奈良の社寺... 続きをみる

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  • 新薬師寺 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記師走

    外部資料 光明皇后が聖武天皇のご病気平癒祈願のため天平19年(747)建立された寺といわれている。創建当時は七堂伽藍の完備された手。あったようであるが宝亀11年(780)の火災に合いその後 再建されずわづかに本堂(昔の食堂)だけを残すんのみとなった。従って現在本堂に安置の薬師如来坐像も天平時代でな... 続きをみる

  • 奈良町元興寺 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記師走

    元興寺塔跡の表門 元興寺塔跡基壇 基礎石 元興寺 極楽坊 奈良時代に建てられた元興寺の僧坊1244年頃本堂と禅堂の二つに分けて再建された。 数少ない僧坊の遺構であち、中世庶民の信仰資料の宝庫である。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11 ■ ℡  0742-43-8152

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  • 奈良公園春日大社参道 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記師走

    外部資料 奈良公園 春日大社の参道である三条通を上がっていくと 一の鳥居がある。 この鳥居をくぐり、参道を注意深く見ると、低く巾の広い 馬出橋が目にはいる。祭りの日競べ馬の止点である。本殿に近づくと馬止橋が3か所ある。奈良公園のなかに参道があるので注意深くみて頂きたい。 ■ 住所 630-8053... 続きをみる

  • 師走 本のある喫茶店 うのん

    今月お薦めの本 年の最期のお祭り 春日若宮おん祭り の紹介です。 平安時代から五穀豊穣を願い一度もかけることのお祭り今年で889回目です。 今月のお知らせ 営業時間 9:00am  〜 4:30pm 営業時間変更日 勉強会の為 9:00am  〜 12:00pm 3日(火)4日(水)6日(金) 1... 続きをみる

  • しまか橋 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 擬宝珠型親柱欄干の上の手すりのカーブの美し。奈良にこれだけ立派な橋は他にはなさそうである。猿沢池の南はずれに地元の人々は 「しまか橋」と呼んでいる石造りの橋が架かっている。橋の名前はどこにも彫ったり書いたりしていないが、椿日町嶋屋嘉兵衛 明和七年と彫ってあり、施主の名前から 嶋と嘉 をと... 続きをみる

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  • 五十二段 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 猿沢池の北東に興福寺へのぼる石段 五十二段と呼ばれている。五十二というのは仏門にはいる修行の階段といわれ善財童子が五十二人の知識人を尋ねまわったという故事にならってこの石段がつくられたのであろう。 この石段を登ると三条大路で興福寺の南門につながり古くは興福寺の参道になっている。 この石段... 続きをみる

  • 今西家書院  薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 奈良町 もとは大乗院に仕えた福智院家の建物であり大正13年に今西家の所有になった。室町時代の様式をよく伝える書院造りの建物で、中世の住宅の名残をよく伝えており 国の重要文化財に指定されている。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡  0742-43-8152

  • 奈良町のお寺 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    十輪院 外部資料 十輪院もと元興寺の一院であったともいわれる鎌倉時代の南門と優美な本堂があり珍しい石造りの石龕がある。 外部資料 本尊地蔵菩薩 ■住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■℡  0742-43-8152

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  • 王竜寺のヤマモモの巨樹  薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    海竜山王竜寺 以前にブログしたお寺です。 そこにある巨樹です。 客殿の庭にヤマモモの巨樹がある。 雌株で 高さ10㍍ 主幹は内部が空洞になっているが、目通り260㎝ある。 側幹は、3本あってその最大幹は目通り140㎝ 樹齢約250年とされている。 外部資料 ■ 住所 630-8053奈良県奈良市七... 続きをみる

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  • 矢田丘陵  薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 西の京丘陵の西部、富雄川と生駒盆地にはさまれた南北約16㌖に及ぶ細長い丘陵で、奈良市の西境をなす。 高さは南部が高く(南端松尾山316.4㍍)北部は低く250㍍前後 また、その巾も南部が広く約4㌖ 北部は1㌖余りとせくなっている。丘陵地は、一般に分水嶺の東斜面、南北約6㌖巾2㌖弱の小面積... 続きをみる

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  • 佐紀盾列古墳群  薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料コ 佐紀丘陵の南側には、古墳時代前期後半から中期、後期にかけて大小多くの古墳がならんでいる。五神社(神功皇后陵)・佐紀石塚山(成務天皇陵)・佐紀高塚(称徳天皇陵)・佐紀陵山(日葉酢媛命陵)・市庭(平城天皇陵)・ヒシアゲ(盤之媛命陵)・コナベ・ウワナベなど、天皇、大王級の大型の前方後円墳が、... 続きをみる

  • 奈良 富雄川 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 奈良市西部を南北に走る矢田・西の京両丘陵の間にはさまれた細長い谷を富雄谷と呼び、この谷を流れるのが富雄川である。 地形は概して、川の東側は、西の京丘陵が迫っているので、急な斜面になっており、西側は、矢田丘陵の麓がなだらかに広がっているので、水田も開けている。 また 下流の大和郡山市に入る... 続きをみる

  • なら山 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 佐保川 平城山 那羅山 奈良山 平山 乃楽山など 奈良市北方の丘陵地帯、大和(奈良盆地)と山背(山城盆地)と分ける海抜100㍍前後のゆるやかな丘陵地、国道24号バイパスのあたりで、東部と西部に大きく二分されている。 東部を佐保丘陵、西部を佐紀丘陵と呼ぶ。 古くから、歌姫越えや奈良坂越えな... 続きをみる

  • 奈良県の葛城の国(里) 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 奈良県と大阪府の県境にそびえている葛城山系は三輪山とともに、古くから「神の坐す山」として知られ、その東山麓一帯は、早くから文化のひらけた土地であった。 「日本書記」によると、この土地には、身が短く手足の長い蜘蛛がすんでいたのを、神武天皇の軍がカツラの網をかぶせて捕らえ、これを頭と胴と脚を... 続きをみる

  • ナラの地名  薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 「日本書紀」の崇神天皇の条に 大彦命と彦国葺の軍が武埴安彦の軍を迎え撃つためナラ山に陣をしいたとき、兵士たちが草木をふみならしたので、その山を 那羅(ナラ)山といった。 という伝説がのせられている。 奈良のつく地名は地名は大和をはじめ全国各地に分布しているし、平(なら)𨸶(なる)坪(な... 続きをみる

  • 佐紀盾列古墳群 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記 日葉酢媛命陵

    日葉酢媛命陵 外部資料 平城天皇陵の西約800㍍にある。陵名は狭木之寺間陵で、日葉酢媛命は垂仁天皇の皇后。全長207㍍の前方後円墳。 日葉酢媛命が亡くなった時、古来の習慣によると殉死の悲惨さをさけるために、野見宿禰の発案で、埴輪を作って墳墓の周囲に埋めた。これが埴輪の起こりという。 ■ 住所 63... 続きをみる

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  • 佐紀縦列古墳群 瓢箪山古墳 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    瓢箪山古墳 外部資料 外部資料 平城宮跡の北約1㌖のところにある、前方後円墳で全長85㍍、前方部の幅47㍍ 後円部径38㍍ 高さ5〜8㍍で南面である。周辺から埴輪円筒や石製品なども出土しており、周辺の大型古墳と同じく、古墳時代前期から中期初頭ころの築造と推定されている。 緑が多く、古墳めぐり 家族... 続きをみる

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  • 大和西大寺古墳群② 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 西大寺古墳群のなかでも一番目立つ古墳 孝謙天皇 称徳天皇陵 前方後円墳であるが 形はややくずれている。こうけんは聖武天皇の第二皇女で、母親は光明皇后 孝謙天皇は749年に即位し、758年に淳仁天皇に譲位したが、764年に再度天皇に即位称徳天皇となった。 ■ 住所 630-8053 奈良県... 続きをみる

  • 大和西大寺古墳群 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    狭城盾列池之陵 外部資料 近鉄平城駅の北側約500㍍に古墳群が存在している。全長275㍍におよぶ巨大な前方後円墳.陵名は狭城盾列池之陵。神功皇后は第4代仲哀天皇の皇后で、仲哀天皇の急死後、朝鮮に出兵して新羅を討ち、百済・高句麗を帰服させたと「日本書紀」にしるされているが伝説である。 ■住所 630... 続きをみる

  • 富雄川沿いの 霊山寺 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 天平8年(736)聖武天皇の勅願により婆羅門僧正(菩提遷那)と行基が開いたといえあれる真言宗の寺。 広い境内には鎌倉時代の本堂(国宝)三重塔(重要文化財)室町時代の鐘楼8重要文化財)など古建築と、昭和36年(1961)完成の白金殿などが建ち、古代現代両方面の芸術文化を味わうことができる。... 続きをみる

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  • 富雄川沿い 海竜山王竜寺  薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 遣唐使 遣随使 が旅に出る時安全祈願をする寺からこの名前になった といわれている。 寺伝によると、聖武天皇の勅願により創建されたと伝えられる古刹。古くは正月堂と称し、僧坊1,000余を数えたというが、中世には衰退し、慶長20年(1615)の大阪夏の陣で大阪勢に堂宇を焼かれた。 元禄2年(... 続きをみる

  • 富雄川沿いの杵築神社 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    富雄川は 現在交野市のくろんど池から天の川 が流れ 富雄川もそこから流れていたと考えられる。 その天の川は淀川に通じ大阪湾に繋がる その淀川には 大陸から人 モノが入ってきて 天の川 くろんど池 富雄川 を通じて 大和の都に渡来人が来たと考えられる。  外部資料 明治43年に、二名三松にあった。市... 続きをみる

  • 富雄の地名  薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    明治22年、市町村制が実施された時に、富雄川沿いの二・三碓・中・大和田・石木の五箇村が合併して、富雄村が誕生した。 富雄の地名の起源は、神武天皇を救った金鵄から、鵄邑・登美・鳥見・迹見・富雄といった漢字があてられていたところからと考えられる。 富雄川は今は生駒町高山辺りから流れてきているが、現在の... 続きをみる

  • 暗越峠 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 山上通リを西へ 奈良―大阪間を最短距離で結ぶ街道として盛んに利用された。 「大阪へ8里、なら下三条口よりいづる。尼ヶ辻・平松村・小瀬・はぎはら村・ふじ村・にしはたとうげ・・・(中略)大阪玉つくりへ人、これを「くらがりとうげこえ」という。 暗峠は 奈良⁻大阪間8里の中間点の地にあり、そのた... 続きをみる

  • 葛城の国(里) 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 奈良県と大阪府の県境にそびえている葛城山系は、三輪山とともに、古くから「神の坐す山」として知られ、その東山麓一帯は、早くから文化のひらけた土地であった。 「日本書記」によると、この地には、身が短く手足の長い土蜘蛛が住んでいたのを、神武天皇の軍がカツラの網をかぶせて捕らえ、これを頭と胴と脚... 続きをみる

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  • 戒長寺 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 赤人墓の北東約1kmの山中にある。聖徳太子の創建と伝える古刹だか、寺歴は明らかではない。現在の本堂・庫裏などは、幕末の元治元年(1864)の再建。 鐘楼門にかかる梵鐘は、池の間の四面に十ニ神将を鋳出した珍しいもの。正応4年(1291)の銘があり、国指定の重要文化財となっている。 また境内... 続きをみる

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  • 山辺赤人墓 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 近鉄大阪線 榛原駅の北東約3.5km 国道165号線から1kmほど北西に入った、額井岳東麓の東海自然歩道沿いの雑木林のなかにある。 山部赤人は奈良時代初期の宮廷歌人。万葉巻3の「田児の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ 不尽の高嶺に雪は零ける。」の歌が有名である。このほか、万葉集に約50首見え... 続きをみる

  • 大和高原 藥師寺近くのうのんから 大和の気象歳時記

    大和富士(額井岳) 外部資料 大和富士とよばれる 県内で唯一の「富士」という名称がつく山。旧火山 宇陀市の額井崋山郡の主峰を従えた端正なピラミッド形で樹木は少なく展望も美しい。 東海道自然歩道は、南麓を東西に通っており、秋の紅葉はことのほか絶景。眺めは大王方面からが最もよいです。標高816㍍ ■ ... 続きをみる

  • 帯解 清澄の里 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    先日から 清澄の里の 寺々をかいた。 この辺りの地形は春日断層の下に発達した台地や尾根の地になる。 菩提山と呼ばれる古くから仏教聖地とされ、現在も ゲンジ蛍が飛び交う山里である。 これからは紅葉の名所として 錦の里 とも言われている。 これらの地域には、弥生式文化(中期〜後期)の遺構や遺物が、さら... 続きをみる

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  • 清州の里 弘仁寺  薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 円照寺から南で1.5KM 寺伝によると弘仁5年(814)嵯峨天皇の勅願で 弘法大師空海を開山とし、小野たかむら が伽藍を造営し、大師が自刻の虚空蔵大菩薩を本尊として安置したのが起こりと伝えられている。もと寺号は「虚空蔵」と称し、現在の地名もこれによるという。室町時代には寺領250石であっ... 続きをみる

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  • 餅飯殿とおん祭り 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    お宿所 おん祭りは 1136年関白藤原忠通が五穀豊穣 国民安寧を願って始めたお祭りである。 おん祭りの無事執行を祈願する。お宿所前庭にて御湯立や懸物が行われる。大宿所は昔、おん祭りに参勤する大和士がお祭りに先立ってここに泊まりこみ精進清斎した所である。その際当日の行列に必要な装束や武具を飾る。また... 続きをみる

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  • 餅飯殿①  薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 餅飯殿 といえば 近鉄奈良駅から南へ300㍍ 猿沢池の近くの商店街を描かれること多いと思う。 旧名は蕗畠郷(ふきのはた)と呼ぶ。 一説によれば、弘仁年中に餅飯の供膳を蕗の弁財天宮(興福寺境内南西)に献じたので餅飯殿と呼ばれるようになった。そこで当郷でも、七か所の弁天宮を祭って、弘法太師御... 続きをみる

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  • 奈良公園と鹿 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 奈良の鹿の歴史は奈良公園の馴化された鹿は約九百年前から存在していると考えられる。時には権力者に利用されて保護された時代もある。藤原氏一族は興福寺を氏寺とし、春日大社を氏神としていたので、神鹿を庶民の上に位置づけた。このため、庶民にとって受難の時代が続いた。当時は、社寺院が衆徒達を使って管... 続きをみる

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  • 奈良公園 鹿 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    天平時代の奈良の人々と鹿 外部資料 古代の奈良市周辺に多くの鹿が棲息していた。付近の貝塚から出土する角や骨から見ても推定される。併せて七百年代に始まる、平城宮造営 東大寺及び興福寺の創建。俄に脚光を浴びたこの地に。常住者 推定七万から二十万近い人口増が如何なる混乱が起こったであろう。労役に携わる人... 続きをみる

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  • 正倉院の話 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    宮大工 仏像保存 の匠たちと現在の正倉院での修理 復元に携わってきた匠たちとの対話によって天平時代の匠たちとの技の秘密を解き明かそうとしている。 正倉院はペルシャから中国最盛期にいたる全アジアの最も美しい時代の姿を残しているのは正倉院の宝物である とも言われている。この宝物の古代の工人たちの技と心... 続きをみる

  • 正倉院の本 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    正倉院には六枚の笏が伝存しているが一方が平で、一方が丸い 笏の上下はどちらか? 天下の名香 欄樹帯は いつだれによって切とられたか? 難しい宝物名の読み方はなどなど 正倉院にまつわる話を実証的に書かれている。大正期に正倉院の最高責任者であった 森鴎外の秘話も貴重である。 森鴎外の奈良での住まいは ... 続きをみる

  • 正倉院の色 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    正倉院の宝物には 多彩な色使いである。 日本古来の色の成り立ち 意味と共に、正倉院の宝物の修理などの 色 の部分を担当された 故吉岡幸雄先生の本です。 正倉院展の素晴らしい宝物の 色使いには 意味があり それを感じながら 展示されている品々をご覧になられると楽しみが増えるかと思います。 ■ 住所 ... 続きをみる

  • 正倉院の気象⑧ 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    観測から見えたもの 外部資料 観測結果の一覧表である。 これらの宝庫に共通した最も著しい特徴は 湿度の変化が小さいことである。それも変化の周期が短くなるほど著しい。こrは、宝庫に多量に使用している木材の恒湿作用によるものと思われる。木箱や木造庫内の湿度は外気とは直接関係はなく、木材に固有な湿度に保... 続きをみる

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  • 正倉院の気象⑦ 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    唐びつ内 の気象 「唐びつ」は唐櫃 辛櫃 韓櫃 などと書き、いずれもカラビツと読む 杉また檜材の白木の前で冠せ蓋がついている。天平時代のものやもつ新しい時代のものがある。脚のあるものとないものがある。 正倉院の宝物はとうびつにすべて収納されていると伝えられている。そこで昭和31年(1955)から昭... 続きをみる

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  • 正倉院の気象⑤ 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    気温 湿度の日変化 朝夕 昼夜 の変化が外気と比較してかなり小さいであろうことは、聖語蔵 博物館収蔵庫の観測からも推定される。日々の気温較差 湿度日変化は、気温は外気の約9分の1湿度は10分の1にであった。宝庫と外気の気温差 湿度差は殆ど変わらない。 外部資料 ■住所 630-8053奈良県奈良市... 続きをみる

  • 正倉院の気象 ② 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 勅封と曝涼 宝庫がいつから勅封となったかはさだかではない。宝庫の開封は当初から頗る厳重であって、勅許を必要とし、事実は勅封である。 都が平安京に遷る頃から宝庫の開検、つまり通風と点検が始められたが、その都度勅使が立っていられる。宝庫の品々は櫃に納めて伝世せられ、幕僚 開検 出蔵などの外は... 続きをみる

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  • 正倉院の気象 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    正倉院の配置 古い冊子からであるので 現在は変更されているであろう。 正倉院は奈良市雑司町 東大寺大仏殿の北西(北緯34.4東経135°51)にあり宮内庁に属する。これを管理しているのは正倉院事務所である。正倉院についての解説書は数えきれないほどある。そのなかで昭和23年’(1... 続きをみる

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  • 正倉院の気象 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    昭和35年発行 正倉院御物の文化財的としての価値は世界的に有名である。それが1,200余年地上の倉庫に中で無事に保存し続けて来たことも世界的な業績である。天災 兵火などを免れたこと御物を収納してある木造の雄大な宝庫が保存に適した環境であったことも疑えない事実である。その宝庫の気象状態を調べることと... 続きをみる

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  • 正倉院 藥師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    昨日のブログで書いた献物帳 奈良の秋のイベント 正倉院展が今月26日から来月11日まで国立奈良博物館にて開催される。今年は聖武天皇即位1300年にあたり どの様な品々があ出品されるか期待している。 紹介の書物は当店のものである。その品々調査内容 結果などがまとめられている。 ■住所 630-805... 続きをみる

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  • 聖武天皇陵 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 佐保川に架かる法蓮橋を渡ると 右側に聖武天皇陵少し奥まった右側に 光明皇后陵があり。奈良時代を元明天王和銅二年三月(709)から七十余年文化の栄えた天平時代となった。往古天皇は即位するとそれぞれ自らの陵を計画し、実行に移した。天平の華を展した聖武帝は東大寺その他を創建することで 国を貧乏... 続きをみる

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  • 筒井順慶と洞ヶ峠 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    順慶と光秀 外部資料 日本の歴史の流れからして「洞ヶ峠の順慶」「洞ヶ峠をきめこむ」の日和見主義を代表を言葉が伝わる通り、洞ヶ峠と筒井順慶とは切っても切り離せない。 大和の有力者筒井順慶は、 三好長慶のもとで京都や堺の代官をつとめた松永久秀に大和の筒井順慶を追われた。このころ、久秀は信長から重要視さ... 続きをみる

  • 流れ橋 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 石清水八幡宮の眼下の淀川に流れ橋  本名は 上津屋橋(こうずやはし) 今は時代劇に使われたり観光のための橋 石清水八幡宮からは近くです 全長350㍍のこの橋は、鋼鉄製のロープで木造の橋桁をつないだものである。 洪水で流されてまた ロープを引き寄せてつなぎ合わせて元に戻す仕組みになっている... 続きをみる

  • 石清水八幡宮 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    奈良から少し離れるが 百済寺 百済王神社から少し北に位置あり 今は奈良市内へ車で40分ぐらいである。 外部資料 外部資料 石清水八幡宮 大阪と京都の酒井境の小高い標高142㍍である。 この八幡山の前で 桂川 宇治川 木津川 が合流して淀川となる。 nhk 大河ドラマ 「光る君へ」のなかで 藤原道長... 続きをみる

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  • 百済寺 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 昨日の 百済王神社につてブログした。 今日は百済寺のブログです. 百済王の子孫 敬福が奈良時代の天平勝宝2年(750年)宮内卿兼河内守に任命され、その氏寺として百済寺を創建したと伝えられている。 天智天皇2年(663)朝鮮半島西南部の白村江で唐・新羅連合軍と百済救援に向かっていた日本軍は... 続きをみる

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  • 富雄川・天野川 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    百済王神社 外部資料 枚方市中身小高い丘のに鎮座する神社 古代 大陸との交流が行われていた時の 渡来人の目印ではないかと聞いている。 淀川から船で小高い丘に百済王神社を目指して渡来人がきたのであろう そこから 現在の天の川そしてくろんど池(交野市)を通じて富雄川を経て大和に入ってきたと考えられる。... 続きをみる

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  • 粥占い 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    登弥神社 外部資料 奈良市と大和郡山市の境界近く富雄川の東岸沿にある小丘陵の森に鎮座する。かつては木嶋大明神神とも呼ばれた。「大和史」新朝に「在二木ノ島村―近隣六村-預二祭紀-)とあり「延喜式」神名張登載の社にあてている。明治以来指定県社であった。昔は鳥見氏によって奉祭された神社といわれている。 ... 続きをみる

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  • 離宮が丘 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    離宮が丘 外部資料 あまり知られていない場所である。西ノ京駅(近鉄橿原線)から藥師寺唐招提寺と反対側西側の少し高台である。 ここは孝謙天皇の離宮があったと言われているが詳かではない。 大内裏考 では野々宮 という地名になっている。 昭和52年開校の京西中学校建設時に 土師器や須恵器 奈良時代の筆 ... 続きをみる

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  • 野々宮天満社 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    古い写真でモノクロです。 西の京駅からは西 勝間田池から北に野々宮神社がある。 この神社は名前から 菅原道真公がお祀りされている。 その菅原道真公の先祖 野見宿禰(のみのすくね)が共にお祀りされている。 野見宿禰は相撲の祖と呼ばれており 垂仁天皇の御前で相撲をとり 勝者となり 菅原の地に住まう。そ... 続きをみる

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  • 天武神社 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 藥師寺を創建された 天武天皇をお祀りしている神社 藥師寺から西の方角 政をおこなっていた藤原京を南にした静かな場所にある 昨日紹介した三松寺の隣に位置する。 藥師寺にお詣りに行かれた祭には こちらにも お詣りを ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡  07... 続きをみる

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  • 三松寺の地蔵様 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    お艶地蔵 縁切り地蔵 外部資料 江戸時代 宝暦年間(1751〜63)のこと、大和郡山城の城代家老が江戸在中に愛人お艶を囲う。家老が大和郡山に帰るとき 同行を求め、お艶は箱根の関所まで来た。しかし、その先からの同行は家老から許しを得られなかった。そのため、芦の湖に入水して白蛇と化して、大和郡山まで付... 続きをみる

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  • 砂撒き 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    正月の神迎え 季節は秋というものの 酷暑の日々 お正月には程遠いが おせち料理の予約がはじいる。 新しい年を翌日に控え男は神祀りに 女は正月料理の煮炊きに一日中忙しい。この日、 カド(庭先)や村内の道や氏神の参道などに砂を撒いたり、砂道を造ることが、奈良市の平坦部を中心に東山中にまで及んでいる。こ... 続きをみる

  • 満月と勝間田池 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    西の京には 薬師寺 唐招提寺の大きなお寺があることでよく知られている。 その薬師寺との関係のある 勝間田池 この池を題材にしたものが 万葉集に治められている。 天武天皇息子 新田部皇子  勝間田の 池はわれ知る 蓮無し 然言う君が 鬚無き如し 9月18日が満月である。 ■ 住所 630-8053 ... 続きをみる

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  • 西の京 ④ 赤肌焼き 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    垂仁天皇の御代に殉死が行われ野見宿祢は天皇にこれに代わるべきものを埴でつくり、王陵にお埋めになってはと奏し、天皇の命によって種々埴輪をつくいった。これが元で赤膚焼きが出来てきた。 外部資料 ■ 住所 630-8053奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡  0742-43-8152

  • 西の京 ③ 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    西の京町 西の京町には薬師寺がある。天武天皇が皇后の病気平癒を祈願して橿原市の城(木)殿に薬師寺を近流平城遷都とともに 現在の地に移建された。東塔ならびに薬師三尊は創建当時ののもので 白鳳時代を代表するものとして国宝にしていされている。 西の京町は薬師寺を中心に発展を見た町といえる。古老の話では、... 続きをみる

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  • 西の京 ② 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    西の京と呼ばれている所は、平城京の右京の地で、東西に一・ニ条大路から七条大路 南北に右京一坊・二坊大路の通っていたところで、二坊大路にそって諸大寺や皇族・高官の住宅などがたちならんだところである。 古くは土師氏の一族の住み着いたところで、ここに安康天皇菅原伏見西陵・垂仁天皇菅原伏見東陵、その陪塚な... 続きをみる

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  • 西の京 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 近鉄西の京駅 長年住いを営んでいる 西の京の案内 西の京の由来は詳かではないが、都が京都に遷った後も、奈良時代に建立、あるいは移建された 薬師寺 唐招提寺 喜光寺などはそのまま残り、昔日の面影をとどめていたころから このあたりを、西の京とよぶようになったとも伝えられている。また、孝謙天皇... 続きをみる

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  • 鳥居は神社の門? 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    鳥居は神社の門であるとの説 神社や御陵の門である鳥居を見る毎にそれが神の住宅の門であるとの説がある。 住宅に垣を結びその入口に門をたてることは神代と誰もおそらく變わりはない。 装飾なき門を最も簡素なる姿としてかんがえるなら、二本の柱を両側に立てればそれで足りる。その二本柱のぐらつきを防ぐために 両... 続きをみる

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  • 水越峠 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    古い写真見つけました 水越峠 国道309号線です。 昔は旅人らが行き交う道であった。 かつてこの道は水越峠街道として多くの旅人が行き交かった重要な古道。古代から中世にかけては、金剛山に向かう修験者で賑わった。古代から元禄時代には金剛山からの水は 河内のものか大和のものかの争いがあった。水は古来から... 続きをみる

  • 大和の野神行事② 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    上品寺のシャカシャカ祭り 橿原市上品寺町 日時は旧暦の5月5日に行われていたと思われる。 古老のシャカシャカ祭りのいわれは・・・ ここ上品寺の里では、長男が生まれると三月三日の日に氏神様の前でクジを引きを行い、当たった家の子供を五月五日の晩にノガミさんに人身御供として差しださねばならないという習慣... 続きをみる

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  • 大和の野上行事①  薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    野神行事は、奈良盆地で見られる農耕儀礼の一種で、豊かな稔を願って毎年繰り返されている。行事に内容には様々変化がある。子供中心のなることが多く、ノガミ と呼ばれる塚や樹木に藁製の蛇体を巻き付けたり、牛馬や農具の模型を奉納したりするものもである。盆地部における基本的な生業にかかわる習俗を知るうえで、欠... 続きをみる

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  • 大和の気象俚諺⑩ 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    四つ晴に傘を忘れる阿保がいる 春先 前線上を続いて東する二つ目の低気圧に要注意 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡  0742-43-8152

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  • 大和の気象俚諺 ⑨ 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    山近くに見えれば雨近い 外部資料 今が一番よい天気の絶頂期 あとは天気は下り坂とたる。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡  0742-43-8152

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  • 藥師寺近くのうのんから 長月のお知らせ

    お薦めの本 奈良には多くの国宝の仏像があります。 来根春には 奈良国立博物館にて特別展が催されます。 その紹介がされてます。 今月17日は中秋の名月 唐招提寺では この夜一夜だけ金堂の扉が開かれます、 また薬師寺の双塔と若草山 大仏殿 興福寺五重の塔を背景に 勝間田池」(大池)に移るお月様も見事な... 続きをみる

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  • 大和の気象俚諺 ⑧ 藥師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    雲が長谷まいりすると雨になる。 外部資料 低気圧が近畿地方にちかづいてくると、下層から地上まで始め南西風となり 温暖前線に吹き込む雲は南西から北東へと流れる。明日香村の北東は長谷方面であることから、明日香村では奈良県内の他の地域と違って、長谷参りになる。 ■住所 630-8053奈良県奈良市七条1... 続きをみる

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  • 藥師寺近くのうのんから大和の気象歳時記 長月のお知らせ

    40年前の資料本です。わかりやすい地震のメカニズムが開設されてます。 防災の日 にいかがでしょうか 9月のお休み予定 2日(月)3日(火) 9日(月)10日(火) 15日(日)16日(月)17日(火) 23日(月)24日(火) 30日(月)10月1日(火) イベントのお知らせ 10月7日(月) タ... 続きをみる

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  • 大和の気象俚諺 ⑦ 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 生駒の山のもやがあ北むいたら雨 南をむいたら晴になる。 奈良から西の方を眺めると、生駒山が望まれる。暖かくて湿っている南風が吹くと、山に笠雲となってかかりやがて雨となる。北寄の風は、高気圧の到来を予告し、空模様は回復に向かう。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14... 続きをみる

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  • 大和の気象俚諺⑤ 藥師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 月が傘をかぶれば雨が近い 大和の国に限らないが予報の確率は60%程度である。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡  0742-43-8152

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  • 大和の気象俚諺 ④ 藥師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    汽笛がよく聞こえれば雨が降る。 空気が湿ってくると、音の電波は乾いたときよりも良くなる。 外部資料 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡  0742-43-8152

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  • 大和の気象俚諺③ 藥師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 生駒山の、もやが北をむいたら雨 南をむいたら晴になる。 奈良から西の方を眺めると生駒山が望まれる。温かくて湿っている南風が吹くと山に笠雲となってかかり、やがて雨となる。北よりの風は高気圧の到来を予告し空模様は回復に向かう。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■... 続きをみる

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  • 大和の気象俚諺 ② 藥師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    大仏さんが汗をかくと雨 外部資料 大仏さんが汗をかいたり 柱石が濡れるということは青銅製の大仏さん 大寺の柱石共に外界の刺激についてゆくのが遅く、自己の体温と比べ、低気圧の接近に伴なう温かく湿った空気中の水蒸気が青銅製の大仏や柱石に結露することを表現している。当然天気は悪くなる。 ■ 住所 630... 続きをみる

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  • 大和の気象俚諺 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 夕方西空明るければ明日は天気 秋の夕焼け鎌を研げ 一般に天気は西から東へ移る。現在、雲の多い空も西の方に高気圧がやってくると空は明るく鮮明に淡い夕焼けは晴天の明日がやってくる。 ■住所 630-8053奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■℡  0742-43-8152

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  • 龍田大社 風鎮祭 藥師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    再度龍田大社のお話です。 台風シーズン到来のこの季節 大和を守神様である。 祈雨 止雨の神様や仏様は奈良県内に見ても多くある。風の神様は全国的に見ても数は少ない。歴史の古い大和には、三郷町立野の丘にある。神様は二神で、風水害を防ぎ、 雨の恵みを授ける風神である。 外部資料 風の神様はこの地他春日大... 続きをみる

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  • 飛鳥の宇佐さん  藥師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    馬を殺して諸の社の神を祀る。あるいは頻に市を移す。あるいは河伯を禱る。既に祈効無、といふ。続いてさらに礼仏読経して雨を祈らせたが思わしい効がないので最後に八月一日には、天皇親から「南渕の河上に幸して跪きて四方を拝む。天を仰ぎて祈ひたまふ。即ち雷なりて大雨ふる。遂に雨ふること五日。薄く天下を潤す。是... 続きをみる

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  • 「雷丘」 藥師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 「雷丘」地名のおこり 小子部栖軽は雄略天皇に親しく仕えた者である。 天皇が磐余の宮(奈良県桜井市阿部付近)におられた時のこと。皇后と大極殿に寝ておられた。 栖軽はそれにきづかず、入っていった。大極殿で寝ていた天皇は心に恥じて止められた。その時空に雷鳴がしたので、天皇は直ちに栖軽に 「おま... 続きをみる

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  • 旱魃と雨乞い神事① 藥師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 大正2年8月、西吉野村一帯は日照りが続き、各地で旱魃による大被害が発生した。その内池のかかる水田、湧水のみに頼る水田の大半は、枯死状態になり農民はカンカン照りの空を見上げるばかり。何等手の施しようもありませんでした。 そこで、あちらこちらお寺や、お宮さんに 雨乞いを祈願した。数日雨の兆し... 続きをみる

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  • 水越川⑦ 藥師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    大和側が勝訴の原因 大和側と河内側との勝訴となったのは、村民一同の一致団結の力は大きいもであった。 水争いをした元禄より、はるか以前に水越の水が大和に流れ落ちていた事実が京都の譣使奉行に認められたことであった。 この水争いの約80年前に 金剛山の水は大和側落ちている そして金剛山は大和領であること... 続きをみる

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  • 水越川⑥ 藥師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    大和側の勝訴 京都から現地へ検使派遣が決定して、検使奉行によって現地検証が行われた。その結果金剛山は大和領は大和側であり、水越峠の水は勿論元禄の遥か以前より大和へ流れ落ちておった事実が証明され、全村民生命を掛けた水論、境論も、元禄14年(1701)12月21日大和側の勝訴となり、山林の所有権も自然... 続きをみる

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  • 水越川⑤ 藥師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    水越河大事件 外部資料 角之進が亡くなって 80年程後 元禄13年(1700年)6月27日河内の農民の手によって井出を切って、水を河内に流されたが、名柄庄屋高橋佐助の奔走により、大和側の主張が正しく和解となったが、一か月後の元禄14年(1701年)5月6日万字ケ滝 古瀬口の雨水が再び河内の農民によ... 続きをみる

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