うのんのブログ

奈良西の京薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

薬師寺近くから 大和の気象歳時記№99 天気を占う

若水迎え
新年には若水迎え 最近はあらたまって若水を汲む風習がなくなってきています。町屋では早くからなくなっていました。一方従前は浄域を示す しめ縄を張った農村の井戸屋形で厳かに若水を迎えるという行儀がありました。このことは今は 昔し語りになりつつあります。
ここでは若干横道にそれますが 「奈良県民俗地図」について触れておきます。「奈良県民俗地図」は本県で生活を営んできた多くの人々の心意を伝える有形・無形の貴重な民俗文化も 伝えられる基盤となった村の生活模様の変質に伴い今のうちに記録にとどめておこうと 住 食 衣 生産 運輸交易 社会生活 信仰 人の一生 年中行事 宗派別院に至るまで僅かであるが この方面に興味のある方は眺めているだけでもたのしく とまた年配の方はウンウンとうなずくことの多い資料とおもいます。この資料は序文には1400余りあった藩政府のうち153地区を対象としたにすぎずと書かれ 例言には時代を大正年間にしぼりまとめたとありまsづ。従ってある事象を追認するには昭和の初め すでに或程度成人に達した人はよくご存じと思われます。
前期の報告書中に奈良石木(砂茶屋から富雄川に沿って少し下がったところ)では若水を汲むとき唱うえごとをした。とありこの地方で苺作り」に取り組まれ登彌神社氏子総代もおつとめの出原老に伺いすると 膝を乗り出して仰言るには「ワシの若い頃は親父が唱えごとをし若水を汲んでいました。 ワシの代になってからは唱えごとはやらなくなったが元旦の朝は当主のワシが若水を汲んでいた。戦後しばらくして水道が普及すると井戸水は汚い と子供に嫌われそれ以降水道水の若水で現在に至っている」と話されていました。
外部資料


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