「うのん」の気象歳時記ブログ

薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

薬師寺近くの うのん から大和気象歳時記

奈良県の民話
「塗りつぶしの絵馬」桜井市
長谷寺というたら ボタンの名所や、大和の人なら、だれも知っている観音さんのお寺や。
わらしべ長者の若者も、願をかけたという、ありがたい観音さにゃ。
ありがたい観音さんやったら、みんなはいろいろなものを、おそなえしよる。
いまから、二百年もまえのことや。
奈良の町のぐふく屋が、えらいでかい絵馬を、かついできよったのや。
「石段をかついであがるだけで、あせだらけになってしもうた。」
でっちたちが、ぼやくくらい、おもたい絵馬やった。
それでも絵馬には、みごとな絵がかかれておった。京の五条の橋の上で、牛若丸と弁慶が、ちゃんちゃんばらばらをしとるところや。
唱歌でいうたら
  こことおもえば またあちら


という場面や。
「ほう、なかなかのもんや。これは、長谷寺の名物になりますわい。」
ぼんさんも 大よろこびやった。
ぼんさんのいうたことは、まちがいやなかった。
「長谷寺の絵馬を、見にいこうか」
大和の人やらは、それだけで、長谷寺へおまいりするものが、ふえたくらいや。
「ほんまに、生きてるみたいですなあ。」
みんなは、かんしんして、おさいせんも、ふんぱつしてかえる。ーーいうあんばいやった。
ところが、ある夏のはじめの晩やった。
ぼんさんがねておったら、夜中にお堂のほうで、
「ええい、やあ。」
という声がきこえるのや。


「どこのあほやろ。いまごろ、ちゃんばらをしとる。」
はじめの晩は、そのままにしいたら、なんと、つぎの晩も、またそのつぎの晩も、まい晩、まい晩、つづくやないか。
それには、ぼんさんも、はらをたてよた。
「よし。いって、とっちめたろうかいな。」
ある晩、そっとぬけだして、お堂の石段をのぼっていきよった。ながい石段をのぼるとき、ボタンの花のにおいが、ええにおいでしたのを、おぼえている。
そして、お堂のちかくまでいって、そっとのぞいいて、ぼんさんは、ひっくりかえるくらいびっくりしよった。お堂では、絵馬から抜けだした牛若丸と弁慶とが、ほんまに刀やら、なぐなたやら、ふりまわして、ちゃんばらをしとるのや。
「こら、あかん。」
ぼんさんは、あきれて、石段をかけおりてきよった。
「絵馬の絵も、あんまりじょうずなのは、かんがえもんや。」
そこでぼんさんは、さそっく小僧たちにいいつけて、すみで、まっ黒にぬりつぶしてしまいよったのや。
「これなら、もう、ぬけだすことはできんやろう」
そのとおりやった。ぬりつぶした絵馬からは、牛若丸も、弁慶も、ぬけださんようになって、しずかな晩がつづいたさかい、ぼんさんは、まくらをたこうして、
「よう、ねむれるわい。」
しばらくは、ええちょうしやった。
ところが、雨やら、風やらにうたれたら、絵馬のすみも、はげおちてくる。はげおちてきたら、どうや。またまた、ちゃんばらをはじめだすやないか。
「おら、かなわん。」
そこで、はげおち、はげおちては、またぬる、ということを、くりかえしとったが、
「それなら、日をきめて、まい年 ぬりかえたほうがええ。」
ということになって、いまでも、まい年、ボタンの花がさくころには、すみで、ぬりつぶすという話や。

×

非ログインユーザーとして返信する