うのんのブログ

奈良西の京薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

薬師寺近くから 春日若宮おん祭

宵宮祭と宵宮詣
十二月十六日午後二時頃 大和士一行が御弊を先頭に大宿所より若宮と大宮へ社参します。若宮では奉幣の事などがあって拝礼の後大宮で拝礼があります。古くは大宮と若宮拝舎で奉納の馬を牽くく事や神楽の奉奏があり帰途流鏑馬の稽古をすることとなっています。午後四時には宵宮祭が執行されます。この祭事はまず大宮に若宮祭執行の由をご奉告申し上げ神木を奉じて若宮へと参進し「御碊戸開の神饌(しんせん)」を献じてこよい春日野の御旅所へ遷御の旨を奉台し 御殿の御扉を白い御幌で覆い奉って退下げます。

薬師寺近くから 春日若宮おん祭

若宮祭の諸儀 縄棟祭
十月一日午前十一時 於春日野御旅所 御旅所仮御殿の起工式で 「春日縄棟座」を名乗る大柳生の片岡家が奉仕します。推松52本と縄52尋でやがたを組みあげ その前で祭典があります。この場所は氷室神社の氏子区域にあることから、氷室神社の祭礼当日氷室さんが神興で社を出発された留守の間に行なうと伝えられています。
十二月十五日午後5時 御餅飯殿町大宿所おん祭の願主役 御師役 馬場役を勤める大和士の参籠所である大宿所で祭典執行の無事を祈る神事 神前に供えられる「献菓子」は餅や芋 密柑などを根元に飾り 上部に松葉をさし立て、その間に砂金袋やトンボと言われる五色の紙垂を飾りたてます。
これは大和士より調達される。また「懸物」といって、古くは大和国内に領地を持つ大小名が割当によって稚子・兎・狸・塩鯛などを境内に懸供したが 現在もよくその遺風が守られ、崇敬者より鯛や鮭が懸物として奉られます。当日は祭典前に「御湯立」が行なわれ、大和士はこれを受けて清抜とします。旧神領若槻荘の土豪加奥家に伝来する湯立の式を以て復活され、その後春日の神職によって祭典が奉仕されます。神座横の座敷にはお渡り式に用いられる渡りの式典や 渡り装束が展観されて終日活気を付けます。地元商店街によって振舞われ「のっぺ汁」は昔からおん祭には欠かせない名物料理です。

薬師寺近くから 春日若宮おん祭

おん祭 の起源保延二年(1136年 崇徳天皇)その頃 日本中は荒れていました。折から霖雨(ながあめ)による洪水で飢餓や疫病が各地に蔓延し、国内は完全に疲弊していました。時の関藤原忠通は九月十七日に若宮神を春日の行官にお迎えし、丁寧な祭礼を奉仕したのがこの祭礼の始まりです。
この霊験あって翌年からはむしろ昇天の日が多くなった事が、当時の公郷の記録に見ることが出来ます。その後 このお祭りは例年行なわれることとなりました。祭日は中世には十一月二十七日に変更され秋の収穫後となり、明治以降は太陽暦の採用によって現在の十二月十七日に定められました 今年で八百八十二年目を数えます。

若宮さんです