うのんのブログ

奈良西の京薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

薬師寺近くから 大和の気象歳時記№161 風鎮祭

龍田大社風鎮祭
さらに由緒畧記に従い話を進めると附近の名所旧蹟の欄に「御座峯と龍田山」と云う項がある。

 「御座ヶ峯は上古当大社の御祭神が降臨せれたる霊地なりと伝称して居りまして現在は三宝山の山嶺より東南凡そ壱粁許り離れたる頂上の畑地の中央に在りて松樹林となって居ります。」と以下略、さてこの御座ヶ峯こそ崇神天皇が二柱の神を斎きお祀りになったところではないかという説がある。この様なことから御座ヶ峯を尋ねると 竜田山という名の峰はないが竜田の連山は奈良県と大阪府にまたがり柏原市青谷から急な坂を登って行く。坂を登り始めた直ぐのところに金山彦神社がある。一面のブドウ畑を登ってゆくとややあって矢張り左手にきおんざん媛神社がある。雁多ォ畑畑の集落をすぎて更に進と目指す御座ヶ峯に着く。「伝龍田本宮御座峰」と自然石に彫りつけた高さ1㍍余りの石碑が建っていて崇神期の初め竜田に風神が降臨したという聖地である。

御座ヶ峰に到着する手前雁多尾畑集落の右に留所の山があって ここでが頂が平になっている。 ここに前述の二神が鎮っていたという。またここで鉄をつくっていたらしい。原始的な露天踏鞴の製錬では自然に吹き付けてくる風が絶対に必要であった。その風が御座峰から北風となって吹きおろしてくる。製鉄のひとびとにとっては御座峰は将に風神降臨の聖地であった。鉄製錬に必要な風 自然のふいごを果たす土地に風神の降臨をみたのである。いまこの附近から鉄製錬のときの鉄滓が発見されている

薬師寺近くから 大和の気象歳時記№160 風鎮祭

龍田大社風鎮祭

外部資料
大社鎮座の起源について
一方時代はやや下がって 日本書紀には天武四年前大忌神を広瀬の河曲に 時を同じうして龍田の立野に風の神を祀らしめたとある。水の恵みと 風の災わいからのがれる為であった。大和の国以外穏やかな「風」を祈念する風まつりは先に紹介」した。国のひろさから云えば左程広くない我が郷土大和の国は 青垣山に囲まれ沢山の風神に守られ風災に悩むことなく流石は国のは真秀ろば 恵まれた土地と云って差し支えがない。加えてすでにご承知のとおり神々にはそれぞれ職務分担があり おだやかに長く遠くまで風が吹くことを願う風神が先の表以外いくつかあって製錬をには 業とする土地には ふいご の役目を司る金山彦 金山媛を祀る神がいる。