うのんのブログ

奈良西の京薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

薬師寺近くから 本の紹介です

「萬葉の植物」豊穣編 著者 西川康行氏


万葉集に最も縁の深い春日大社の神域に一隅に 昭和2年に開園されました。
食料 医療 染料 医療として万葉人の生活と繋がる様子を垣間見ることが出来ます。


薬師寺近くから 大和の気象歳時記№12

奈良盆地には溜池が多くあります。稲作には水が多量に必要であるためです。自然の力が重要であるからです。


旱魃と雨乞
 暴風雨 洪水 旱魃 他幾多の気象災害が現代まで続いています。ここでは少し旱魃について触れていきます。
 推古天皇33年(625年)の旱魃 元亨釈書 夏天下大旱 詔灌祈雨 灌著青衣講三論大雨便下 と扶桑略記には 天下旱魃 高麗僧恵灌祈雨 とあっ雨乞資料としては最も古いものです。しかし 我が国の正史 日本書紀には皇極天皇元年(642)に「南洸の河上に幸して跼きて四方を拝む。
 天を仰ぎて祈ひたまふ 即ち雷なりて大雨ふる 遂に雨ふること五日 薄く天下を潤す 
是に天下の百姓 倶に称歳びて曰く‥」とあって 旱魃に続く雨乞いの記録の初見です。旱魃を解消させるためには上古から為政者の責務でした。旱魃の記録は多くあります。


古いものでに雨が重要なものであったことがしるされています。


推古天皇 外部資料  

 皇極天皇 外部資料です

薬師寺近くから 大和の気象歳時記№11

昨日のブログに書き忘れたことがありました
稲の枝分かれの時期には 十分な水を与えることが重要でその役割が 梅雨です
ジメジメした気候は生活には不便ですが 稲作には恵みの雨です。


歴史時代
気象が原因と考えられる災害の数
多くの歴史書くの研究 古文書の解析 日記類の整理と照合が進み重ねられた結果から
気象が起こしたと考えられる災害をまとめてみました。


推古7年(599年)から昭和31年(1596年)の1359年間に歴史書に残る際だった旱魃の表です。

大和の国では推古以前からも 五穀の豊かな稔りを祈っていましたが 数えられる旱魃の回数は123回にもおよんでいます。