「うのん」の気象歳時記ブログ

薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

2019年7月のブログ記事

  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    不思議な沼 外部資料 吉野山地にも二 三の小さな沼がある。北山川の中流 下北山村池峯に明神池と称する不思議な自然の小湖がらう。長経400㍍ 短経200㍍の卵形である。湖面は海抜390メートルで北山川本流河底から200㍍の高所にある。しかも出入り口がなく水量も常に一定している。昔支流の谷を山崩れでふ... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    まるで円形劇場 外部資料 室生寺のある室生も火山地帯の中央に半円形を描いている地形である。室生川がこの底を横断して流れ 寺はその一角に建てられている。寺と反対の半円形の傾斜地には二ヵ所に小さな自然の凹地があり 一つは沼 一つは水田と化している。 さらに西方の峠に登ると「からみた」と称する所がある。... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    大和の自然の湖沼 外部資料 奈良県には人工のタメ池は無数にあるが 自然の湖沼はほとんど無い。しかし全く無いのではなく 僅かにごく小さいのが数個ある。また凹地形はある。この原因は火山活動や山崩れによってふさぎ止められたものが多い。 室生火山群は奈良県で一番面積が広い火山が噴出した地域でそれにより出来... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から今週のお勧めの本

    色は無数にあります その色は 色々使い方でな感情にも身体の健康にも効果あります。 チョット知って生活に役立てられてはいかがでしょうか?

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    大和三山の唯一火山でない天香久山 外部資料 天香具山147㍍は畝傍 耳成の二山は安山岩からなり 火山であるが天香具山は火山ではない。元は東南の竜門山から続いていた山地の先端の部分が浸食されできたものである。山形も「へ」の字形であるのもその為である。

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    形は火山の様 三輪山467㍍」は奈良盆地の東南にあり大和高原の西南の盆地にせまとるところに こんもりと老松の茂る円錐形の美しい山である。左右均等な姿に火山と思われがちである。-その成因は山の西面は奈良盆地と大和高原とを境する春日山断層で切られ 南側は初瀬谷沿う断層線でするどく切られ 北側は巻向川の... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    大和の自然 火山と思われている山 外部資料 奈良には火山が少なく 死火山がわずかにあるのみで 現在活動している火山はない。しかし火山であるのに火山に間違えられていいる山がある。 三輪山は盆地の南部にある大和三山の一つである天香久山 大和高原上に美しい山姿を示している。神野山などである。火山と思われ... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    山地の村落 山地の村落として特異なもは青野山地に求めることができる。山高く谷深い地形が盆地のように自由に村落の発達を許さないので 谷底近くの道路の沿道に街村が発達する。昔山腹の緩傾面に山林を切り開いて村造りした所がある。村落の和も平地部に比べ非常に少なく村落の戸数も5~6戸くらいのものである。 山... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    奈良南地域の山々 外部資料 南半の弥山から大日峠に至る奥駈道はみな1500㍍以上の山々が連なり シラベトウヒなどの原生林はなお暗く大山レンゲの純白な花が咲き満ち 吉野熊野公園の原始林も美しく それぞれの山頂は展望台となり 心ゆくばかりの自然美を味わい得る。弥山頂上に神社がありお 坪ノ内天河神社の奥... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    行者さえ引き返す 険しい切り立た南大和 八経が岳 外部資料 山上ヶ岳は修験道の根本道場として 今なお女人結界の霊山で 夏に白衣の登山者が多い  浸食にたえて生じた巨岩絶壁の地形をその行場として用いたのである。その西方の稲村ヶ岳がノコギリ状の鋭い峯を持ってそびえているのを除くと ほとんど「奥駆」と呼... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    険しい切り立った南大和① 山上が岳 外部資料 奈良県は地形上吉野川渓谷で南北に異なった地域にわかれる。 海抜1000㍍以上の山々は殆ど奈良県の南半の吉野山地にある。 北半の奈良高原盆地の周囲の山々や高原は低く 大和高原や竜門山地には1000㍍を越えるのは一峯もなく 生駒金剛山脈では金剛山(1125... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から今週のお勧めの本

    日本の古典的な色を再現し その方法 歴史的意味纏わる話などが詰まった内容です。

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    尾根の集落 天辻峠 外部資料 天辻峠の五条から十津川に達する街道は850㍍の天辻の分水嶺を越えた。昔は峠から尾根伝いに南ろくの阪本へ下った。天辻峠は五条 十津川の南北道より西北富貴村 東南天川村への分岐点で交通の要所であった。そのため物資の集散の中心地にもなった。幕末の天誅組が一時本陣を置いたのも... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記 

    尾根集落① 吉野山地の地形は壮年期で一般に急な傾斜の場が多い。そこで山腹の緩傾斜地に人家が建てられて周囲は森林で包まれていることが多かった。林隙集落(りんげきしゅうらく)である。まt川沿いには木材の集散する所に「土場集落」が出来ていたり 街道に沿って新しい街村的な地方的の小さい商業の中心地なども出... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    大和の自然 なくなった峠の集落 交通事情の発達で 細峠には「雲雀より上にやすら峠かうな」の句を芭蕉は残している。三輪から多武峰を通り 細峠で休憩した芭蕉は 強く峠の高さを感じたらしい。当時は20戸の家数はあったらしいが 今ではなくなってきている。既に荒れ果てなくなった集落がこの西側の竜在峠にある。... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    大和の自然 峠の集落 峠は徒歩を主な駄獣交通の盛んな時は一つの休憩所となり ここで一息入れて次の峠までと峠を通る人々に親しまれ集落が出来た。その為茶屋 団子屋 モノ売り屋などの商家が軒を並べ賑わていた。暗峠も茶屋が4軒あったが 明治の中頃に鉄道が引かれ この峠を利用することがなくなり それらの家々... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    大和の自然 峠の集落 大和から河内へ行くのに 昔北大和の人々は主として暗峠を越え 南和・中和の人々は竹ノ内峠を越えていったのである。盆地の人が吉野へ行くには高取からは芦原峠を 飛鳥からは芋峠を越えたのである。青垣を巡らす大和盆地から他所へ出るためにどうしても 山を上り下りしなければならない地形であ... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    外部資料 大和の自然 金剛山脈の南部は500㍍ぐらいから次第に高さを増し葛城山(960㍍)金剛山(1,125㍍)に終わ西に曲がって和泉山脈に続いいている。この山脈の東側は明らかな断層崖を示し急斜面の下には扇状地が発達し断層地形の研究の好資料を提供している。金剛山は古くは葛城山の一部であった。中世か... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から今週のお勧めの本

    ストレス社会 時代にストレスをコントロールし 自己実現に効果的なものが Mメンタル Wウエルネス Tトレーニングです。

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    大和の自然 生駒の聖天さん 宝山寺は生駒山の東の山腹に噴出した安山岩からなる般若の窟を背景に建てられている。 外部資料 642㍍であるが大阪平野 奈良盆地 京都盆地を始め近畿を一望出来る自然の展望台です。生駒山脈の南方200~300㍍の矢田丘陵と約100㍍の西の京丘陵が南北に並び あやめ池は西の京... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    大和の自然 生駒金剛山脈 外部資料 生駒金剛山脈は断層作用によってできた地塁山脈と称するもので 南北約45㌔の長さで奈良盆地と大阪平野との境をなしている。この山脈は中央の大和川で二分し 北半を生駒山脈 南半を金剛山脈と称し二上火山群もこれに含めている。 生駒山脈は生駒山642㍍を主峰として 約45... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    大和の自然 涼しいのはどこ? 奈良は春秋は気候は良いが 夏冬は暑さ寒さは厳しい所と考えられている その暑い夏に奥山の妙見宮の下の谷から茂みに入いると奈良市内と5~6度気温が低かった。 外部資料 そこから上に進んでいくと春日山荘も更に気温が低くい。さらに奥に進むと 鴬滝 ここは更に1~2度低い。 そ... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から大和の気象歳時記

    大和の自然 外部資料 奈良県の総合開発は発電カンガイ水利事業が大部分で奈良県あった。奥吉野は天下に名高い多雨地域である。その資料は大台ヶ原をはじめとする数地点の雨量観測値にすぎなかった。これらの資料によって吉野郡全体が多雨地であるような錯覚になっていなかったではあいだろうか 猿谷ダムを作って 十津... 続きをみる

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  • 薬師寺近くのうのんから 大和の気象歳時記

    大和の自然 大和の局地気象 下降気流 奈良県内には奇妙な下降気流があって 時々異物が天から降ってくる。 外部資料 1954年3月1日のビキニ環礁での原爆実験の灰は吉野郡下北山村上桑原一帯に降った。3月7日飲料用貯水タンク内の水が白く濁っていたので 黄砂かと最初考えたが ビキニ環礁での原爆実験を知り... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から 大和の気象歳時記

    大和の自然 外部資料 曽爾村の兜岳 鎧岳 屏風岳などの奇観は長年の激しい雨風が影響している。この様に風混じりの雨が強く吹降るので 昔は住人の家の屋根のひさしは急な勾配で深く家に被せて 吹降りを防ぐようにしていた。子供でも手が届くほどの高さである。また2階のある家は少なく 窓も小さい。曽爾村の長野以... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から 大和の気象歳時記

    大和の自然 谷間の気温逆転 気温は普通は上層ほど低くなっている。しかし山間部の谷間には冷たい空気がたまりやすくなって かえって谷間をはさむ山地の方が気温の高くなる特性がある。これを逆転と称じている。大宇陀町はこれに相当していて 大宇陀中学気象クラブでははやくからこのp観測を行い 現象をついかんだ。... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から今週のお勧めの本

    色は無数に存在します。その色を見極め 商品開発へのモノにいかに 色を決めていくか 家庭のなかでも応用出来る内容です。

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  • 薬師寺近くの うのん から 大和の気象歳時記

    大和の自然 吉野郡の平野における局地的暴風雨は非常に珍しいものである。その予報はきわめて簡単な理屈であることがわかった。台風や強い低気圧が九州付近に接近したり本州の南岸沿いに東進したりする時には必ず吹くようである。大台ヶ原山を含む台高山系一体に南東ないし東よりの強風気流が吹きよせた時である。この様... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から 大和の気象歳時記

    大和の自然 平野風 吉野群東吉野村平野では 時々非常に強い風が吹いて家屋に被害が起ることがあった。また農作物にも被害があった。しかもこの強い風は平野の狭い区域に限られて見られる現象であった。隣の地域では何ら風害も受けていないというものである。 これは平野東方2.5㌔にそびえる標高1249.2㍍の高... 続きをみる

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  • 薬師寺近くの うのん から 大和の気象歳時記

    大和の自然 山深い十津川の本流に設けられた猿谷ダムは その規模高さ74㍍ 長さ170㍍ 堆積17.4㎥に達し こうしたダムの建設によって大きな利益が多くの人に与えるが かたや水没戸数があり犠牲になった人も多くあり 補償も当時7億円を超えた。  外部資料 外部資料

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  • 薬師寺近くの うのん から 大和の気象歳時記

    大和の自然 猿谷ダム建設計画  外部 吉野川分水により吉野川上流の下淵から 大和盆地へ水を取ると 下流紀ノ川の水量が 減るので これを補うのが十津川分水である。十津川上流に猿谷ダムを造り 今まで太平洋に注いでいた水をトンネルで天辻峠の下を通りぬけさせ 北に導いて紀ノ川に流すのである。川の流域を変更... 続きをみる

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  • 薬師寺近くのうのんから 大和の気象歳時記

    大和の自然 吉野川分水へ 外部資料 吉野川の開発には 昭和31年10月に吉野川ダムから電源開発 林産資源開発 農産資源開発 交通条件整備の4つとなった。その他に観光資源開発 工業立地資源開発 国土保全も目指すモノである。 𠮷野川分水は𠮷野川の水を二つのトンネルと用水路により大和盆地に導き 利用... 続きをみる

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  • 薬師寺近くのうのんから 大和の気象歳時記

    大和の自然が 外部資料 昭和25年当時の計画によると この地域では熊野川にダムを構築し 発電事業を起こして関西地区の電源の緩和に当たらんとするもので二案が考えられた。第一案は熊野川下流の小鹿にダムを構築して電源を開拓する計画で この時の人造湖は 湖面177万㌔ 琵琶湖の約4分の1 貯水量は120億... 続きをみる

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