奈良の伝説 聖徳太子
矢継の森
昔聖徳太子が居を定めるによい土地を求め、矢を放ってその地を定めようと、南から乾のほうを向いて矢を放たれた。その矢が今の矢継の森に落ちた。だがまだよくないと、ふたたびそこから矢を射られると今の法隆寺のところに落ちたので、そこを永住の地と定められたという。矢継の森には今も「矢継さん」という祠がある。
外部資料
がい
外部資料
橿原市に「新ノ口」という集落がある。そこは今でも古い井戸がある。昔聖徳太子が橘寺と法隆寺を往復されたとき、のどがかわいたので、この井戸で水を飲まれた。たいへんおいしかったので、
「口中これ新なり」
といわれたので そこから「新ノ口」と称することになったという。
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