「うのん」の気象歳時記ブログ

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薬師寺近くの うのん から大和気象歳時記

「五條のむかし話」から
「お大師さまと犬飼のお寺」 ②
金剛、かつえあぎの山々は、はいいろにけぶり、つめたい冬空にそびえていた。その山すそを、息もつかずにあるきつづけた。やがて、はるかに吉野川が白く光って見えはじめると、お大師さまは、足をとめた。
「あの、山のむこうが、高野山だ。」
たびのつかれもわすれ、こぼれるようなほほえみをうかべた。しかし、けわしい山のたびは、けっしてらくなものではなかった。ふかい谷間をわたり、けもの道をたどり、野いばらのしげみを、さけてとおった。
ようやく、いまでいえば、五條市のはずれ、大和二見あたりにたどりついたとき、
お大師さまは、ほっとした気持になり、かれたススキのかぶに腰をおろした。ふきでるひたいのあせを、ぬぐおうとすると、どこからともなく、カラスのなき声が、聞こえはじめた。
ーどうしたことじゃ。ー
あたりは、きゅうにうすぐらくなり、氷雨が、すげがさを、たたきはじめた。つめたいしずくが錫杖をにぎった手をうつ、
「ふよういなこと、雲のながれを見ないで、腰をおろすなんて。」
お大師さまは、心のゆるみをはずかしく思った。つぶやいたとたんに、ふりしきっていた氷雨は、うそのようにやんだ。
「気まぐれの雨じゃ。」
そういいながら、そっと空をあおいだお大師さまは、思わず手をあわせた。
かぞえきれないほどの、カラスのむれである。そのカラスがつばさをいっぱいひろげ、つばさとつばさをかさねあわせて、お大師さまに雨がかからないようにしているのだ。
「きっと、大日如来さまが、たびのあんぜんをまもっての、おつかいにちがいない。」
しずかに目をあけると、氷雨はやみ、わめきたてたカラスのむれはどこにも見えなかった。(いうまでもなく、そのあたりを、カラスは森という。)

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