「うのん」の気象歳時記ブログ

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薬師寺近くの うのん から大和気象歳時記

「五條のむかし話」から
「今弁慶」 2
さて今弁慶。
ある時のこと。牛車に米俵を十何俵もつんで、下淵の下流「坐頭が淵」という細い道を通っていました。下が切り立った崖の下をうずまく吉野川。上はかぶさるように木が茂る険しい山。なんぎしながら牛をすすめていると、ちょうどそこへ、殿様の行列が通りかかりました。
「さて困った。悪いところで出会ったものだ。」
考えてみましたが、ひき返すわけにはいきません。かといってまっすぐ進めば、殿様とぶつかってしまいます。
「ええい。しゃあない。牛よ、ちいとしんぼうせいよ。」
話しかけながら、そっと左手で牛の腹帯をとり、右手に車の心がねをにぎって、牛と車とを淵の上にひょっとさしだしたのです。
「こころえておくれやっしゃ。早うお通り。」
殿様の一行があたふたと通りぬけたのは、もっともなことでした。
こんな大男を怒らしては、何をしてかすかしれたものではありませんでしたから。
その後、吉野川に大水がありました。泥水がうずくまいて流れ下ってきます。根っこだの流木がおしあいへしあい、すっとんでいきます。川の中ほどは、まるでとがった岩を並べたように波立ち、広い川原もふっくら丸く、満々と水が湧き立ちました。
「今弁慶はんや、こんな時に力だめしをしてみるのもおもしろいやおまへんか。」
いたずら半分、そんなことをけしかけた商人がおりました。
「川の中で、どれだけ持ちこたえられましゃろ。」
左右の手に、がんじょうな戸板を持つと、ゴウゴウと走り下る川の中に、ずかずかと入っていって、
「うーん。」
水をせきとめたのです。濁流は押す。今弁慶は押し返す。いうまでもありません。とっくに戸板はけしとんでいました。それでも、胸までどっぷりとつかりながら、
「わあーやあー。」
どなっていた今弁慶の声は、あとは果てもなくさかまく泥水ばかりであったといいます。

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