「うのん」の気象歳時記ブログ

薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

薬師寺近くの うのん から大和気象歳時記

筒井順慶
今日のHNK大河ドラマで筒井順慶が出て来て 奈良のことが話題になってました。
筒井順慶の足跡が 筒井 には多くあります。

薬師寺近くの うのん から大和気象歳時記

「川上村の昔話」から
「たるまると蛇」
まる師というのがおってね。まる師がひととこでまるをようけすると、かんなくずがぎょうさんでけるんですわ。そいつをそこへほかすんですわ。ほいたら、その人らが大勢泊まってね。たるまるをこしらえとったら、米が減ってしょうないてね。
「どうしたんやろ、こらどうしたんやろ」と言うとったらね、その、蛇が米をを食てね、太ったんですわ。うんと。蛇が太るとなったらね、皮を脱ぐらしんですわ。腹も背中も一緒に筒に脱ぐんですわ。筒に脱いだ腹の裏にうろこがありますわな。そのうろこが二寸て言いますのやで。そんなうろこがあんのやてね。腹の裏には二寸あったら、胴はこの手いっぱいより大きいでっせ。そのぐらい大きなってきたんでね。
「これはこわい」言うてね。「何処におんねやろ」て木をさらけとったらね、その小屋のそばでね、せんくずがどっさり積んだる。その中に入っとるらしいですわ。ほいて、こらもう火つけて焼くよりしょうないて、そこで焼いてね。ほいてしたら、蛇が焼けてね。焼けるうちに、火の中へバーと頭あげてき、あげてきて、死んだていう話、聞いたことあります。

薬師寺近くの うのん から大和気象歳時記

薬師寺から少し平城京にむけて 垂仁天皇陵

外部資料

垂仁天皇陵の堀には 小島があります。
垂仁天皇に仕え 不老不死の食べ物 橘のみを探してくることの命を受け それを持ち帰った時には天皇は崩御されていました。それを悔やみ 自ら後を追った といわれる田島間守 を葬ったとされる小島です。当方で所蔵する明治20年の地図では 記載がなく 40年の地図には描かれています。これも思いを巡らすのも面白いです。

薬師寺近くの うのん から大和気象歳時記

「川上村の昔話」から
「山の神と海の神の争い」
  たわごとみたいな話やけど、山の神さんと、その、海の神さんとのものの言い争い合いになったらしわ。数でいこらて。その、こっちゃは桜や桃や梅や言うて、杉や桧や松や言ううし、海の神さんがもう、その、なんでいたらしわの、魚の名でくんねて。海の名も、その。
へたら、その、山の神さん、そのくらい器量の悪い女子やってんけど、なんやかやすごかったらしいわ。足らんもんやさかいに、今のさるすべりて、百日紅ちゅうて、赤い花咲く木あるやろ。あれは三つないてんが。さるたてんて初め言うといて。猿でも滑るてんでさるたてんて。ほて、さるすべりて言うて、ほしてしまいに百日紅とまで言うて、三つも名言うてんてよ。ほいたら、海の神さんは正直に、お前、なんやかや言うたけど、最後に出てったの、今のおこぜいう魚あるやろ、あれ一匹で負けてんて、山の神さんに。
ほんで、そのおこぜをな、わしらきょうび売んに来んけどよ、おこぜを、その、参ったら喜ぶんやいうてな、そのなんで、数で負けて、おこぜちゅう魚持って参るんやて。そういうように言っとった。そらまあ、聞き伝えやな。

薬師寺近くの うのん から大和気象歳時記

薬師寺から唐招提寺から
弘坊井戸

水鏡天神社から 垂仁天皇陵へ歩いて行く途中にあります。細い道沿いですが、近隣の人々に守られていると感じる井戸です。今は使用されていないようですが 古風な雰囲気です。