「うのん」の気象歳時記ブログ

薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

薬師寺近くの うのん から大和気象歳時記

「五條のむかし話」から
「笠之辻のお地蔵様」
五條駅から、東の方へ五分位歩くと、むかしの伊勢街道の」そばに、小さなお堂があります。それが笠之辻のお地蔵様です。笠之辻のお地蔵様が、どうしてここにおられるのか、ということを、お話しましょう。
今から千年位前のこと、今の五條の町に、武者所康成という武士が住んでいました。武者所康成なんて、とても強うそうな名前ですがその名前のように、とても強くて武勇にすぐれた人だったのです。それに、狩りに行くことが大好きで、毎日、野山へ行って、腕をみがいていました。今のように鉄砲がなかったので、弓矢を持って、狩りに行ったのです。
「きょうは、うさぎときじを取ったし、きのうは、鹿を取ったぞ。」
と、いうふうに、毎日、けものたちをうち取っては、みんなにじまんしていました。
それを見て、この人のお母さんは、
「かわいそうに、そんなに むやみに けものたちをころしてはいけませんよ。もう、狩りに行くのは、おやめなさい。」
と、いつも注意をしましたが、母の言葉を、少しも聞きいれようとはしませんでした。それだけでなく、もっと、もっとおおきな獲物を取ろうと、そればかり考えていました。
ある日のことです。いつものように山へ行くと、岩かげのところに、大きないのししが寝ています。
「しめた、これは大きいぞ。こんな大きないのししに、出会ったことがない。」
と喜こんで、弓をひきしぼり、矢をパシッとうちました。
康成のうった矢は、大いのししに、命中しました。
さぞかし康成は、大喜びしたと思うでしょう。でも それとは反対に、大いのししに取りすがって、大声で泣き出したのです。
それもそのはず、大きないのししと思って、自分が矢を射かけたのは、いのししの皮をかぶって、自分を反省させようとしていた、お母さんだったからです。
「お母さん、お母さん私が悪うございました。もうこれからは、決してけもの達を殺したり致しません。きょうまで、私に母親を殺された、けもの達も、今の私のように悲しかったに違いありません。お母さん、ごめんなさい。」
と、死んだお母さんにあやまりました。
そして、おわびに頭をそって、おぼうさんになり、今の大和郡山市にある矢田のお地蔵様に、毎日お参りすることにしました。
大昔で、今のように便利な乗物がなかったので、朝早くおきて、てくてく歩いて行ったのです。それを、雨が降っても、風が吹いても、物ともせず何日も、何日もつづけていましした。
すると、ある日のことです。武者所康成が寝ている時、夢の中で矢田のお地蔵様が現れて、
「お前は、毎日熱心にお参りしてくれるので、もう遠い矢田の地まで、来なくてもいいようにしてやろう。お前の家の近くの道ばたに、わしの笠をおいておくから、そこへお堂を作って、お地蔵様をまつればよい。」
と、いってパッと消えました。その笠のおいてあった所が今のお地蔵様のある所で、それから笠の辻と呼ぶようになったのです。

×

非ログインユーザーとして返信する