「うのん」の気象歳時記ブログ

薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

薬師寺近くの うのん から大和気象歳時記

奈良
都が平安(京都)に遷ったのち、平城京をはじめ平城京の大部分は草原と化したが外京ならびに左・右京に建立された諸大寺はそのまま残り、国家鎮護の寺院としてまた仏教の学問寺として貴重な存在となり、有名な高僧も続出し、国家の平和と国民の豊楽に大きく貢献した。
興福寺の如きは藤原氏の氏寺として、藤原氏の氏神である春日大社とともに大きく発展し、僧坊百十余字を数え、僧侶も三千余を数えるといった盛況振りであった。
したがって、これらの寺社を支える諸々の技術者や商人たちが必然的に寺社の周囲に居をかまえるようにうなり、ここは社寺の門前町が誕生した。今日の奈良を築く土台となったのである。

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