「うのん」の気象歳時記ブログ

薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

薬師寺近くの うのん から大和気象歳時記

「五條のむかし話」から
「瀬の同薬師」②
 ある日のこと、一人のおばさんがとぼとぼと、杖をつきながら少しあるいては休み、またあるいては休みながら、この大沢寺(だいたくじ)へとむかって歩いてきました。しょぼ、しょぼと、まぶたをうつ眼には涙がでています。眼から流れ出る涙には白いうみのようなものもまざっています。腰をのばしてじっと空をみあげるほそい眼は、まぶしそうに、すぐとじてしまいました。小布で眼をふいては歩き、またしばらくあるくと眼が痛むのかじっとおさえています。あとずさりするような急な坂道を「はー、はー、」いいながら登りきったところで白い壁の大沢寺につきました。おばあさんはころげるように薬師如来さまの前へすわりこみました。小布でじっと眼をおさえながら
「薬師さま、お願いにまいりました。」
「眼が、いたむのです。」
「眼が、かすんでみえないのです。」
「涙やうみが出てくるのです。」
「薬師さま、どうかなおしてください。なおしてください。」
おばあさんは、薬師さまにすがりつかんばかりにして祈りはじめました。夜になるのもわすれ、じっと動かす一心にお経をとなえだしました。あくる日も、あくる日も薬師如来さまの前から動こうともしませんでした。いく日たったでしょうか。おがみ続けている、おばあさんの耳に、
「二つの琵琶池の右の池で、眼をあらってごらん。」とかすかな声が聞こえてきました。
「ほとけさまの声だ。」
はっとした。
おばあさんは思わず薬師さまに手をあわせました。
そして急いで琵琶池に近より両手で水をすくい眼をぬらしました。すきとおった池の水は冷たくおばあさんの眼にしみてきました。水を手ですくっては何度も何度も眼を洗うと、眼の前がだんだん明るくなってきました。青葉がくっきりとみえます。
「みえる!」「みえる!」
「はっきりみえる!」
「なんと、美しいお庭だろう。」
「なんと、きれいな水だ。!」
パチ、パチ、と瞳を動かしながらくいいるようにあたりをみまわしました。
涙もとまり、うみも出てこない瞳になったおばあさんは、池の畔の柳の木にもたれまがら両手をあわせて
「薬師如来さま、ありがとうございました。」
「ありがとう ございました。」
と深く深く頭をさげました。
この話しが人から人へ、村から村へと、伝わりつぎつぎと眼を洗いにくる人が続きました。男は左の池で、女は右の池で眼を洗うとどんな眼病でもなおるというので琵琶池はいつしか「眼洗い池」とよばれるようになりました。
また不思議なことに、どんな日照りが続いてもこの池の水はなくなったことがないので誰いうとなしに「底なしの池。」ともいわれています。人々は眼病をなおしてもらった嬉しさに、この池に亀や鯛をはなしました。今では亀や鯛は仏様のおつかいとして、琵琶池でなく別の大きな池で大切にかわれています。
ちなみに、この池の水を分析したら炭酸水だとのことで、しもやけの妙薬ともいわれています。

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