「うのん」の気象歳時記ブログ

薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

2025年6月のブログ記事

  • 奈良県の地形概観 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    奈良県の北半の奈良盆地は瀬戸内陥没地帯の東端をなし 地質時代に断層により土地が落ち込んで出来た「地溝」である。当時は湖をなしていたが、沖積層が積もって早く干上がって人々の生活の場となった。南北約30㌔東西約16㌔ 面積約3百平方万㌔、海抜40〜100㍍の平らな盆地である。奈良県の面積の十分の一にも... 続きをみる

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  • 奈良県の地形概観 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    奈良県は地形上南北で非常に差異がある。北半は奈良盆地(大和盆地)を中心に、それを囲む青垣山をなす山地や高原からなっている。これは大阪平野・京都平野・京都盆地などともに、近畿地方の中央低地帯の一部をなすものである。この地域はわれの祖先が早く住みつき、古くから文化が開け、わが国の政治の中心となったとこ... 続きをみる

  • 高い奥吉野の気温 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    一昨日からのまとめになるが、多武峰を中心とする地域 榛原 長谷の特別地、曽爾 御杖区域 都祁区域 北倭区域 月ヶ瀬方面 あるいは五条市を中心とする区域、さらに上北山西原や高見山」ろく地など、みな特殊の気候状態を示している。気候資源という言葉があるとしたら、我々はあまりにも温和な気候に慣れ過ぎてしま... 続きをみる

  • 高い奥吉野の気温 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    奈良 南の庄 寺垣内の3地の気温変化をみると、案外奥吉野の気温の高いことがわかる。都祁 宇陀方面の丘陵抗原地の気温は低く、ことに冬季は季節風のため風も予想外に強い。大和平野各地はだいたい奈良に似たようなものである。県内各地とも8月がもっとも暑く、最寒月は1月2月のうちいずれと甲乙つけがたい。ところ... 続きをみる

  • 高い奥吉野の気温 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    気温の年変化型は理想的な内陸性変化を示しているが数字から得られる気温統計だけでは、県内の気温分布の実相を知ることはできない。大和平野および北東丘陵地は、西部生駒金剛山越気流の影響を受けて、気温年変化を起こすが、吉野山間部とくに東吉野区域はこれら一般気流の影響を受けるというよりも、むしろ土地自体のふ... 続きをみる

  • 大和は天気予報発祥の地 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    大和辺に西吹きあげて雲はなれ退き居りとも吾忘れや これは仁徳天皇の寵愛うけた黒姫の方の歌で、黒姫は皇后の嫉妬にたまりかねて郷里に逃げて帰ったが、たまたま天皇の訪問を得て、天皇還御の際に奉ったものである。大和では西風が吹くと雲は山から離れてしまう。黒姫はこの雲のように陛下から離れているが、決して陛下... 続きをみる

  • 大和は天気予報発祥の地 ② 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    昨日のブログ 佐井川よ雲立ちわたり畝火山 木の葉さやぎぬ風吹かむす 畝火山昼は雲とひ夕されば 風吹かむと木の葉さやげる これは神武天皇の皇后伊須気余理比売の歌で、歌そのものは天気予報の歌ではないが、天気の変化にことよせて人事の変を知らせようとしたものである。神武天皇崩御の後、伊須気余理比売の実子、... 続きをみる

  • 大和は天気予報発祥の地 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    天気は人類の生活に密接な関係がるので、近代科学による天気予報法が生まれる前から、人類はいろいろの経験即を用いてきた。これが天気の諺でありそのため観天望気が行われた。西欧では西紀前350年にアリストテレスが、その著書に気象現象を自然哲学的に説明している。ところで、日本固有の天気予報らしい歌は、同じよ... 続きをみる

  • 大台ケ原の豪雨 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    雨の中の大男 大雨の中かに異様な姿をした大男が現れた。頭からビショヌレ 水の中から引き揚げたような姿であった。多分疲れているらしいので、着ているモノを脱がし、着替えをさせた。なぜ大台ケ原にそれも大雨の中登ってきたのか話を聞いた。陸軍士官学校の秀才であったが、勉強をやりすぎて、脳を痛めて退学になった... 続きをみる

  • 大台ケ原の大雨 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    昭和7年8月4日フィリピン沖に発生した台風は、北上を続け11日九州南東海上に達した。ここで15日まで迷走を続け、16日紀伊半島沖を、北東に進んだ。大台ケ原では、9日kじゃら豪雨となり、12日の雨量は432㍉を最多として15日までに1900㍉を観測した。この間上市では6㍉八木では0㍉で大台ケ原の豪雨... 続きをみる

  • 大台ケ原の大雨 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    女学生山で立ち往生 大台ケ原山では荷造りの細引のような雨が降り続いている。時しも終戦後で、食料事情のもっとわるい時であった。大和の米どころ田原本女学校の登山隊も、もともと不足の携行食糧が予定外の滞在で遂に食料不足になってしまった。かわいそうに女学生は米を薄い粥にして空腹を満たそうとしていた。山頂の... 続きをみる

  • 大台ケ原の大雨 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    女学生 山で立ち往生の豪雨 昭和21年7月27日 田原本高等女学校の生徒が50名余りが登山した。台風は、四国のはるか南方洋上を西進し、本土を襲うようには思えないが、大台ケ原山では、すでに雨が降りだしていた。28日台風は北に転じ、背降りの本能を現わす九州南東海上にせまった。28日、394㍉の雨量を観... 続きをみる

  • 大台ケ原の大雨 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    大台ヶ原の大雨になると、完全に雨を防げる雨具はない。風が強いので、雨は上から降るばかりでなく、上下四方から降るので上着から肌着まで余すとろろなく濡れてしまう。平常はチョロチョロ水の小谷もひざを没する急流となりむしろ瀑布といったほうが適切なモノ凄い激流となり、道は谷に早変わりする。 昭和3年8月19... 続きをみる

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  • 大台ケ原の大雨 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    神武天皇像序幕式の際の豪雨 昭和3年(1928年)8月は月量では、大台ケ原山の記録の第二位で雨量3070㍉に達した。大正15年に計画され大阪市で製作されていた高さ4㍍の神武天皇の銅像の除幕式が8月19日に大台ケ原山頂で行われた. ところが山頂は連日の豪雨で式典の準備がことのほか停滞した。物資は前部... 続きをみる

  • 大台ケ原の雨 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    外部資料 昔大台ケ原は魔の山と言われていた。古くから宗教的に開発された大峰山とは、対照的に 登人もない未開の山であって、まったく山の様子がわからなかった。 大台ケ原には大きな池があって、東風の時は、その水があふれ西風で宮川へ、北風になれば、熊野川へ 雨がふらなくとも川は増水してくる。といわれた。世... 続きをみる

  • 大和の災害 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    地滑り事故 大和国は地すべりで各所に被害を生じる。そのおもなものは、昭和7年の王寺町藤井部落の浸水騒ぎである。これは大和川の右岸で大阪への峠で地すべりを起こし、ところどころき裂を生じ、部落の民家を倒し、トンネルを壊し、最後は対岸の道路も隆起させて流水をせき止めた。そのため上流は水があふれて藤井部落... 続きをみる

  • 大和の災害 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    雪災ひゃ雪国に比べれば大したことはない。明治41年2月11日 昭和21年3月10日昭和26年2月14日ぐらいである。平野で30㎝つもれば記録モノである。インフラにも被害が及んだ。しかし農作物には大きい被害はなかった。 火災も大都市大火災というほどのモノで3はない。奈良市では慶長17年3月6日と元和... 続きをみる

  • 大和の災害 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    雷 水害 風害 干害の他にあげられるものは雷災 雪災 地震などである。 雷災は古文書のも相当残っておりかつ伝説も多いところから考えると、昔の人々は雷にかなりいためつけられたらしい。寺院ガランなどが落雷にあい、しかもこれらの機関は当時の文化の中核をなしていたものであるから記録として残ったものであろう... 続きをみる

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  • 大和の干害 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    31年周期の干ばつは大和平野に限ったものであって南部にはこの様な災害は少ない。さらに奇異の感を抱くのは農業試験場の豊凶考作試験の結果や農業従事者古老の言で 「大和平野の干ばつには世に伝えられるほどの大減収を招来しない」 ということである。大正2年の大旱魃でも70万石余年の稲作で収量の極備に減少する... 続きをみる

  • 大和の干害 ③ 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    31年周期 大和の干ばつは31年周期でやってきているようである。 文政6年(1822)には植えつけ困難の大旱魃 その後31年目の嘉永6年(1853))は植えつけ後の大旱魃 さらに明治16年(1884)には日照つづきで二百石取りの田圃にも5石しかとれぬありさま。大正2年(1913)は旱魃による大凶作... 続きをみる

  • 大和の干害 ② 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    大和のため池はサラ状で表面積は広く、容積は少ないので池面からの蒸発量は案外多く、貯水の目的には十分な効果を上げているものとはいえない。タメ池は表面積が小さく、底が深く、日陰の場所を理想的とし、倉橋ため池などが出現したのはよく科学的要求にこたえたものである。米作りに重要な水の問題で古来から争いが絶え... 続きをみる

  • 大和の干ばつ① 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    大和各地の旧家文書をみていると、「旱損定免」の文字がいたるところに出てくる。いかに昔は旱魃に困った かがうかがわれる。推古天皇15年に気候の異和不順に備えてタメ池wくぃお造り、食料を確保しようとする計画さえあった。今にいたるも大和平野のやめ池の多いのは有名である。旱魃に祈雨の行事も多く雨乞いが盛ん... 続きをみる

  • 大和の局地気象② 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    平野風は局地性暴風雨として非常に珍しい例でもある。平野風の予報はきわめて簡単であることが分かった。台風や強い低気圧が九州に接近したり本州の南岸沿いに東進したりすると必ず吹くようである。つまり大台山系一帯に南東ないしは東寄りの強風気流が吹き上げたときである。この様な時には大台ケ原には豪雨がおこる。そ... 続きをみる

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  • 大和の局地気象 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    平野風 吉野郡東吉野村平野では、ときどき非常に強い風が吹いて家屋が破損したり、農作物に被害を生じている。しかもこの強い風は平野部落の狭い区域に限られていて、隣の部託は何ら風害をうけていないという特殊なものである。 これは東側にそびえる高見山を越えてくる山越気流である。 土地の人々は 「東風吹けば大... 続きをみる

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  • 大和の産業と気象 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    傾斜地の農業 奈良盆地の周辺は山麓傾斜地や小丘陵をなしているところが多く、耕作地は階段状の小面積のものに区切られている。気候上から気温はやや低く雨量は多少増加するが、地域によては局地性気候をおびる傾向が非常に強い。もちろん耕作面積は小さく、一時水田に対する畑地の割合が増加する状況にあった。 外部資... 続きをみる

  • 大和の産業と気象 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    農業 外部資料 大和の産業生産額は低く全国の中でも下位になると聞いているが、直接われわれの耳目に触れる特産物の種類は相当ある。 これらの中で、とくに気象と密接な関係のある。 どの地域でも平野部と山岳部が入り混じって地形によって 農業経営は変わってくる。 平野部の農業 奈良では、最良の地で水田がよく... 続きをみる

  • 地震災害 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    地震の災害の種類 直接的被害   振動 建造物破壊 火災 人災 流砂現象 建造物破壊   噴砂現象 建造物破壊 津波 建造物破壊 人災 副次的被害   落石 地割れ 斜面崩壊 山腹崩壊    土地の隆起 土地の沈下 地下水位の変化 温泉の枯渇 雪崩 平地に住んでいるからということは なく災害への準... 続きをみる

  • 奈良の地質 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    奈良の地質の形状です。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡  0742-43-8152

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  • 奈良の活断層 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    奈良県の断層の断面図 地震大国と言われる日本 普段から対応をしておきましょう 今月のお薦めの本 豊臣秀長 秀吉の弟 大和郡山の城主 兄の陰になって歴史上では表舞台には、出てこなかった。 しかし、来年のNHK大河で描かれることになり 楽しみと期待 秀長は文化にも貢献している。それが楽しみでもある な... 続きをみる

  • 奈良県の断層 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

    奈良には断層活火山が無いと聞いている。 大きな地震もなく平穏にくらしているが 昔はあったことは事実で その断層跡は 切り立った山やガケ余り多くないが 目にする時には じっくりながめるのも 自然災害への対策に関心を持つきっかけになりませんか ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11 ■... 続きをみる

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