薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記
奈良町 ㉓ 登大路町 2) 登大路町は 現在、猿沢池及び国立博物館 そして興福寺境内が登大路町となっている。 興福寺は 藤原鎌足が京都山階に山階寺を創建したのがこの寺の起源で、橿原に移って厩阪寺(うまやさか)となり、さらに平城遷都とともに現在地に藤原不比等によって移建され、名前を興福寺と改め、藤原... 続きをみる
薬師寺近くの小さな本のある喫茶店
奈良町 ㉓ 登大路町 2) 登大路町は 現在、猿沢池及び国立博物館 そして興福寺境内が登大路町となっている。 興福寺は 藤原鎌足が京都山階に山階寺を創建したのがこの寺の起源で、橿原に移って厩阪寺(うまやさか)となり、さらに平城遷都とともに現在地に藤原不比等によって移建され、名前を興福寺と改め、藤原... 続きをみる
奈良町 ㉒ 登大路町 南都では東を上とし、西を下と呼ぶ習わしとなっている。春日明神が東山に所在している所以なり と云われている。さらに 登大路町から春日率川宮を通り、春日の里および東大寺南大門前に至るのが往還路である。これによって登大路と名付く。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目... 続きをみる
奈良町 ㉑ 東向通り この通りは平城京の外京坊大路の名残である。東側に興福寺の伽藍が立ち並び、西側はその別院や菜園のあったところといわれている。鎌倉時代大和一円を支配していた興福寺勢力は絶大なもので、かりそめにも伽藍の近辺に商家を作らせず、商店の二階造りさえも堅く禁制「されていた。従って興福寺に面... 続きをみる
奈良町 ⑳ 芝辻町 近鉄奈良駅北側になる。 地名の由来は詳かでないが、江戸時代は農家を主とした八ヶ村の一つであった。農業を営む人々が多く、 農神をまつる行事 野神祭りが6月1日におこなわれていた。近くの法蓮村には大宮人が住み佐保丘陵の住宅地として発展をした。近くの 芝辻町 船橋町は商業を中心として... 続きをみる
奈良町 ⑲ 油坂 旧名を 府阪 と呼んでいた。享禄年間(1528年〜1532年) 「七郷記」にも 「府阪南方」を記している。府阪は上古近衛府の領地で、府阪と称すると言われている。古老の話によると、春日神社の燈明油はこの府阪の油工業者から献じられたので、俗にいつのころからか 油坂と呼ぶようになったと... 続きをみる
奈良町 ⑱ 杉ヶ町(するがまち) 杉ヶ町は、奈良市の発展といともに旧奈良市の中央を東西に貫く道が出来住宅地や企業などが立ち並ぶようになった。 杉ヶ町の東南の隅に 北面 右 西ノ京 かうり山 ほうりうじ たつた 西面 一 かすが 大仏 二月堂 なんえんどう 南面 つまづかし 人をころばす 石あ... 続きをみる
奈良町 ⑰ 三条大路 平城京の三条大路で、現在大路としての面影のあるのはこの大路と一条 二条大路 六坊 七坊大路である。現在残っている大路のなかでも重要視されてきた道で、都が京都に遷った後も、奈良と大阪を結ぶ大切な交通 産業道路として現在に及んでいる。特に江戸時代にはこの通りを堺として、北を北里 ... 続きをみる
奈良町 ⑯ 桂木町 五条大路に沿ったあたりに葛城寺があったと言われていて その名に因んで町名が誕生した。 ここに五世紀ごろ竪穴式の古墳がある。京終町の農家の人々はこの古墳の上に小さな祠をつくり、農耕の特に稲作の民衆からの神様 「野神」として祀っている。 6月1日には野神祭りがあった。 奈良市内には... 続きをみる
奈良町 ⑮ 京終町 4) 奈良市として京終町を工業地帯に指定 化学工場 交通機関 自動車関係 といった大小の工場の誕生を見るに至った。この地域は国道24号線に近いことも発展に拍車をかけることになったのである。公営の桂木住宅団地もでき、京終町は農業から商工業そして住宅地に変わって行った。 京終町内に... 続きをみる
奈良町 ⑭ 京終町 3) 大正7年京終と山辺の小倉を結ぶ鉄道(奈良安全策動会社)が設立され 東山中で生産される高野豆腐・野菜・木炭・木材などの物資が運ばれ、京終町は賑わいの一因となった。その後自動車の発展に伴い輸送もこれに変わっていった。京終駅の近くには今も製材所があるのは策動会社のお陰である。 ... 続きをみる
奈良町 ⑬ 京終町 2) 京終町は広範囲の地域で、古くは京終郷とも、京終村ともいわれていた。住民の多くは、農業を営んでいた。明治22年今のJRまほろば線(桜井線)の開通によって住宅 商店街として発展をした。さらに東山間と京終町を結ぶ策動の新設で、一層の進展をみるに至った。 旧中街道と呼ばれるた古道... 続きをみる
奈良町 ⑬ 京終町(きょうばていちょう) 1) 平城京の終わりの地点から京終という伝承がある。しかし、村井古道は平城京の京終ではなく、後代奈良民戸衰幣し、漸く人家この辺で終わったので、京終というようになったと「奈良坊目拙解」に記している。 平城京は東西4.2㌔南北4.7㌔で東の京極はJR奈良駅の近... 続きをみる
奈良町 ⑫ 西木辻町 木辻町は東西にわかれた。東木辻町は遊郭のあったところで、西木辻町は農村地帯であったが、奈良市が西方に発展するに」つれて住宅街よなり、昭和11年循環道路の開通等にともない民家がつぎつぎにたち、春日中学校その他産業工場など続出し、戦後急速に発展をみたところである。奈良と橿原、五條... 続きをみる
奈良町 ⑫ 不審ヶ辻子町(ふしんがつじちょう) 伝説としてその昔、元興寺の鐘楼に鬼が時々あらわれて人々を害するので、元興寺の僧 道場(どうじょう)がこれを退治しようとして争ったが、遂に夜明けのころとなったので、鬼は逃げた。そこで道場はその後を追ったが、この辻子に来た時に、鬼の姿を見失ってしまったと... 続きをみる
奈良町 ⑪ 光明院町 興福寺の別院光明院のあったところで、町名もここから生まれた。天文元年(1532)の土一揆で焼失し、その後、在家となったのであろう。江戸時代に地蔵堂があった。ここに安置の地蔵菩薩は火災から住民を守護する地蔵菩薩ちいわれたようで、町内に一度の火災も起きないのはこの地蔵菩薩の加護に... 続きをみる
奈良町 ⑪ 八軒町 寛永年間(1624〜1644)に民家がわずか八軒しかなかった。それで八軒町と呼ぶようになったよいう。 「右こうり山道 左かうやみち」と彫った石の「道しるべ」がある。五条大路に沿っていたのであろう。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡ 0742... 続きをみる
奈良町 ⑩ 瓦町 もと興福寺領で瓦屋が数軒、軒をならべていたので町名となった。 町内に現在の済美小学校が設置された。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡ 0742-43-8152
奈良町 ⑨ 閼伽井町 元禄12年の町家改帳に家数22軒とある。現在ここに閼伽井庵がある。庵についての記録は安政の大地震でなくなり、創建については詳かでないが、新薬師寺の閼伽井坊と関係があるのだろうか。この庵に「易の神」という鎮宅霊符神がある。建武2年(1335)乙亥正月奉之楠正成謹とある。もと鎌倉... 続きをみる
奈良町 ⑧ 東大路町 古くは 頭塔町(ずとうちょう)とよんでいた。この町に玄肪の頭を埋めたち言い伝える頭塔という塚があるので町名となったという。 昭和8年(1933年)市内循環道路として東部と南部に新しい道路が計画され、昭和11年(1936年)に竣工 南北線を東大路 東西線を南大路と称することにな... 続きをみる
奈良町 ⑧ 破石(われいし) 破石 と呼ばれている約2㍍立方の石がある。 西大寺の東塔の心礎石をつくる時、酒で三十余斛をこの石にかけて破ったので破石といい町名もここから生まれたといわれている。一説によると、この石は藤原氏 吉備氏 安倍氏の境界を示す境界石であるという。石に線のあるのは境界で東南は藤... 続きをみる
奈良町⑦ 奈良は都が京に遷された後も社寺仏閣は育っていった。 地名も社寺仏閣に関係のあるものが多くある。 高畑付近 この地は大和高原が西に緩やかに伸びた見晴らしのよい台地となっていたところから高畑といった地名が生まれたと思われる。古くは春日野と呼ばれていた。大昔は和邇氏の一族であった春日氏がここに... 続きをみる
奈良町 ⑥ 奈良から京都に都が遷った後も、奈良と京都との関係は深く、平安の人々が多く、奈良に来ていることは、「栄花物語」「更級日記」等々にも記されている。 「春日祭使が内待原に着き、装束を正し、大路(二条)をわたること一条大路の儀の如し」と記しているように京都からの正道は姫歌、あるいは不退寺郷から... 続きをみる
奈良町 ⑤ 地名起源は 山 川 谷 田といった地形、あるいは、そこに住み着いた氏族名 建立された社寺名などを主として命名されたように思われる。 奈良の地名については種々の説がある。 那羅山に官軍が屯集し草木を踏み馴らしたなのでその山を 那羅山(ならやま)と呼ぶようになった。 「なら」を表す漢字にも... 続きをみる
奈良町 ④ へいじょうは約500㍍ごとに」大路を東西南北に設け、その間をさらに 三筋の小路を縦横につくる、十六の区域にわけ、この一区画を「坪」と呼んだ。 門前町として生まれた奈良の町の大部分はこした区画に構成された。現在市内の家屋は奥行が深く 間口が狭くなっているので、 ウナギの寝床 と呼ばれてい... 続きをみる
奈良町 ③ 都が平安京に遷ったのと、平城京をの大部分は草原と化したが、外京ならびに 左京 右京に建てれた諸大寺はそのまま 国家鎮護の寺院として、また仏教の学びの場として貴重な存在となっていった。またここからここから 高僧も続出した。藤原家の氏寺としての興福寺 氏神である春日大社はともに大きく発展し... 続きをみる
奈良町 ② 平城京に都が移ってから以前より当然であるが大きく発展した。 東西4.2㌔南北4.7㌔ほぼ正方形に近い形で構成され、東西南北碁盤の目のように大路が設けられた。京東に、条から五条までの区域を延長して外京とし、五坊 六坊 七坊 と拡張され東西5.9㌔南北4.7㌔となった。現在のよく言われる旧... 続きをみる
ならら 万葉集の 一番歌から読み解かれてます。 当店 「本のある喫茶店 うのん」紹介されました。 他の魅力一杯のライブラリー掲載されてます。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡ 07742-43-8152
奈良町① 奈良の町は大和高原の傾斜が緩やかに伸びた丘陵から平坦にかけて発展した町。東に若草山 春日山 高円山 北に佐保 佐紀の丘陵 西に西ノ京と矢田山丘陵に囲まれ 南は大和平野が開ける 地勢学的に恵まれたところである。 平城京を遷都する以前から 和邇氏の一族である 春日氏 土師氏が住んでいた。 ■... 続きをみる
奈良の行事 7月23日 地蔵盆 十輪院 奈良市 ご本尊が 本堂の中に祀られた石造仏である。 このご本尊は弘法大師によって造立されたといわれている。 地蔵盆は本堂の軒下に提灯がつるされ、境内がライトアップ幻想的な雰囲気を醸しだす。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡... 続きをみる
奈良の行事 鹿寄せ 奈良公園飛火野 7月19日~9月27日 ホルンに合わせて 飛火野へ鹿を集める 午前9時開始 朝のみ楽しめる鹿寄せ この時期には 今年生まれたてのバンビ―もいて その可愛い姿を見ることが出来る。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡ 07742-... 続きをみる
おふさ観音風鈴祭り 7月1日〜9月30 橿原市 風鈴は厄除 魔除けの意味があり 仏教行事として位置づけられている。 境内一面に風鈴約2500個が彩る夏の恒例行事である。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14 ■ ℡ 0742-43-8152
7月の行事 お峰デンソソ 橿原市 7月28日 畝傍山の山麓に鎮座する畝火山口神社の夏祭り 近在からの参詣者も多く、農家では 「お峰デンソソの太鼓が聞こえたら田にはいったらいかん」といい、この日を目途に田の仕事を終わってしまうように努めた。 ■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-1... 続きをみる