薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記
淀川 過書船
三十石船が淀川をさか上がる場合、帆、櫂以外に両岸から綱で引っ張り上げる必要があった。そんな箇所が淀川航路に九ヵ所もあった。下流から順に挙げると、右岸の天満橋南詰・川崎間4㌔ 右岸の鳥飼堤・柱本・三島江まで8㌔、 左岸の枚方付近約2㌔ 右岸の大塚付近0.3㌔ 右岸の鵜殿付近数百㍍ 左岸の樟葉・橋本間約4㌔ 右岸の付近約4㌔になる。三十石船の乗船が庶民の場合、船頭らがこれら難所で綱を曳き、不要になると船にのっとて船をあやつり、再び京を目指す。
幕府役人 諸国大名の参勤交代時には沿岸の村々から綱引人足が駆り出された。無償か低賃金で強制的に動員されたため、街道の住民の重い負担になった。
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