気象観測網とその変遷 薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記
主として1日午前十時一回の観測で、気温「最高最低を含む)降水量およそ天気を十日ごとにまとめて測候所へ報告する任務をもったものである。その後観測の必要にせまられて、明治44年に下淵、明治45年に内牧、大正4年に柳生、大正9年に前鬼、榛原、岡、大正10年に荒神岳 昭和2年に曽爾 入ノ波 昭和6年吉野山、昭和15年に川上に相次いで設立された。当時実に37箇所の区内観測所を有していた。この間測候所は昭和14年11月に国営に移管され、奈良県内気象業務の充実をはかった。ところが第二次大戦で、国家経費はいちじるしく削減され、気象業務も一時危険にひんした。行政整理の波は、区内観測所のは半数以上22ヵ所を廃止しなければならぬ憂き目にあった。昭和22年区内観測所についに15ヵ所になってしまい隣国中国や韓国の気象報は全然入手しなくなった。全く気象事業の暗黒時代であった。
■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14
■ ℡ 0742-43-8152