うのんのブログ

奈良西の京薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

薬師寺近くから 大和の気象歳時記№31 密教と竜蛇信仰②

 インド・中国の竜の信仰は密教の発展によって我が国へも簡単に受け入れられました。このことに先立ち蛇神への信仰が既に我が国にあったことが「常陸国土記」にみられます。夜刀の神は「その形は蛇身にして頭に角あり」とありました。また別に角のある大蛇の話も同書に出ています。当時すでに竜形のものが想像されて竜の話はすでに斉明記(662~671)元年五月の条に「夏五月庚午朔 空中に龍に乗れる者有り云々」(日本書記)とあって「和名抄」にはこれ「多都」と読ませています。
タツとカンダチ・ユウダチ(ともに雷の意)の語と考え合わせると神霊の顕現を意味するものいと考えられ 古人が雷鳴や電光を神一竜神の出現と考えた名残です。電光を竜の姿とみたのでしょう。十二支の内現存する十一の動物に加え 五番目に想像上動物タツのあるのが面白いものです。「龍」一多都 雷神 蛇神 降注の神 水の神 豊作の神 既為政者の徳 と考え併せると「龍」への信仰は畏敬と崇敬の入り交じった複雑なものでした。
 昭和62年(1987年)5月毎日新聞「余録」に 東洋の竜と西洋の竜はまるで違うと 昭和61年(1986年)に亡くなったアルゼンチンの作家ボルヘスの竜に関しての意見を載せました。東洋の竜は風を起こし人々のために雨を降らせますが 西洋の竜は恐怖をもたらすだけだ と 中国では竜は知恵を表す。数世紀にわたってそれは皇室の象徴でした。皇帝の座は竜座と呼ばれ顔は竜顔といわれました。竜は常に邪悪なものと考えれていました。英雄の偉業のひとつは竜を打ちまかして殺すことだったのです。 云々と 倭の国王の全印のもつところは 竜の彫刻 竜頭 となっています。中国や我が国のコインに竜を刻んだモノが数多くありました。竜の棲み家として特に有名なものに 室生の竜穴があります。竜穴とは竜の住む洞穴で ここが霊験ある雨の神の宮と考えれています。旱天に朝廷は僧を室生に派遣した例が多く 最も早い例は弘仁九年(818年)雨を祈らせ読経祈雨せしめました。(日本記略)長保四年(1002)六月には興福寺の僧をして「仁王般若経」を読誦させました。(類聚付宜妙)当時竜穴を管理する室生寺は興福寺の管下にありました。
平安朝以来も有名な室生の竜穴は中世にあっても依然として信仰はさかんでした。

竜神が棲むという無気味な竜穴

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