うのんのブログ

奈良西の京薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

薬師寺近くから 大和の気象歳時記№28 雨乞⑨徳治思想

徳治思想
霊亀元年(715年)6月12日の祈雨に際し 周の宣王や漢の武帝が徳を修め政を勤めて雨を致しました 故事には 大政官は「昔渚周王旱有雲漢之詩 漢帝祈雨興改元之詔」奉上しています。
 天正天皇養老6年(722年)7月7日の詔に「日照りが続いて雨をみないのは朕之薄徳のためでらろうが 百姓に何罪ありてが云云」と更に大祓令を出され 「「酒肉を禁じ 高齢者に勤労を軽減 また罪を軽く 或いは免除」するなどし 聖武天皇も天平四年(732年)七月五日および同九年(737年)五月十九日に天正天皇と同じ趣旨の詔をだしています。文章も元正朝のものとほとんど同じです。
 天皇の薄徳が旱災を招いているとすれば これを除くためには大祓を行い 野にすてられた遺骸を葬り 老人を労わる等 帝王の寬仁の徳を布き示し もって天地陰陽の動きを順当ならしめ 風雨時に順うようにすることが天皇の義務とかんがえられたのです。天下の災いをれて行いをつつしむのは独り天皇だけでなく 国の吏たる者もまたその義務があった。弘仁五年(814年)七月二十五日蘇我天皇は勅し諸国の吏を戒めその心がけを説き 旱あれば管長は潔齋し雨を祈るべきであるとしてそのことは菅原道真が讃岐守であった仁和四年(888年)五月 旱天に雨を城山の神に祈った祭文が載せられて 地方官のじ重要な任務の一つ」であったようです。

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