「うのん」の気象歳時記ブログ

薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

薬師寺近くのうのんから大和の気象歳時記

うのん

奈良町 ㊶

大森町

古くは城戸村と呼ばれていた。南都八か所の一にかぞえられていたが、明治37年6月1日におおもりと改称。古老の話によると、この地に樹木が繁っていたので大森とした。この地に大森池を掘ったところ、大樹の枯木根が出たと伝えている。この池の鮒は骨が柔らかく味も良いので、奈良の名産となったと 奈良坊目拙解 に記されている。

■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14

■ ℡  0742-43-8152

奈良を知って奈良を楽しむ「うのん」

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奈良町 ㊵

餅飯殿町

古く蕗畠郷と呼ばれていた。

餅飯殿町という町名の由来については種種の伝承がある。弘法大師勧請の窪の弁財天に餅・飯などを献じたところからといい、また理源大師が大峰山に入峯の際、この町の随行が、その土地の人々に餅飯を供養したことからともいわれている。

■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14

■ ℡  0742-43-8152

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奈良町 ㊴

北風呂町 南風呂町

風呂は昔、病気をなおすため、寺院などに設けられた社会福祉であった。貧民救済に努めた忍性の関係のあるこの十念寺及び南城戸町にある悲田院などのことを考えあわせると、この町にはやはり、病人救済の風呂があったと思われる。

■ 住所 630*8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14

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奈良町 ㊳

中街道

角振町から椿井・東城戸・西城戸 京終町につづく道路を中街道と呼ばれている。(今のやすらぎの道がちかいのでは?)上街道 下街道とともに大和盆地を南北に通じる重要なSん行道路であった。江戸時代から明治 大正 昭和の初期まで豪商が軒をならべていたところである。

奈良曝には晒に関係ある曝蔵方、曝問屋方、曝数合、布中買、両替商, 墨屋、など当時奈良の重要産業の豪商たちがこの通りから餅飯殿町、光明院町に出掛けて住んでいた。東城戸通りは娘の一人歩きは禁物とまでいわれた。それは娘のほしいものが多く飾られているからである。

■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14

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奈良町 ㊲

奈良坂町町

奈良から京都に通ずる京街道に沿った奈良最北端に発展した町で、奈良への入口になっている。現在、奈良坂町 立石町 黒髪奈保町 東高座町 にわかれている。奈良から伊賀 伊勢方面への道もこの町を通り、京都・奈良・ 伊賀を結ぶ重要なところである。奈良豆比古神社(ならずひこじんじゃ)の前の三叉路に弘化四丁未年(1847)にたてた石の道標があり、奈良の水源地への途中に、「太神官左いが、いせ道 いせ迄凡二十七里、安永二癸巳年(1773)の大きな道標がたっている。

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