薬師寺近くの うのん から大和気象歳時記 十津川郷の昔話
百夜月(ももよづき)
竹筒の少し北山河の対岸に、百夜月(三重県紀和町)という村がある。そこに、光月山紅梅寺(こうげつさんこうばい)という古い寺があった。寺の庭には紅梅があり、はるにはたいへん美しい花をさかせ、よい香りをあたりに漂わせていた。

この地図右下 169号線上に竹筒があります。

百夜月 外部資料
その寺には、一人の美しい尼さんが住んでいた。毎日、仏の教えを広めるために行(ぎょう)をしたり、読書するなどして静かに暮らしていた。また、寺の周りを開いて、野菜も作っていた。
この尼さんは、近くの村の若者たちのあこがれの的であった。しかし、真剣に仏の教えを広めたり、読書に打ち込んでいる尼さんは、若者たちのことなど考えてみたこともなかった。
さて、対岸の村に一人の若者がいた。かれは、寺の畑で働く尼さんの姿を見てから、心の中は尼さんのことでいっぱいになってしまった。ぜひ会って話がしたいものだと思った。そして、月のない闇夜になる日を待った。
「よし、今夜こそ川を渡り、尼さんに会って来よう。」と決心した。やがて、夜になった。川の音さえもシーンとして流れているようであった。川底をつき刺す棹の音だけが闇の中に響いた。川の中ほどまで来た時である。対岸の山から突然、大きな月がヌッと顔を出して、あたりが急に明るくなってしまった。
「これは困った。こんなに明るくなっては、誰かに見つかってしまう。人に知れたら、尼さんにたいへん悪いことをしたことになる。」
と考え直した若者は、急いで舟をひき返し、とぼとぼと家に帰った。
次の夜も、その次の夜も、また次の夜も若者は北山川を渡ろうとした。しかし、川の中ほどまできたとき、月の光がまぶしくて、どうしても渡ることができなかった。
「今夜で何度めだろうか」
若者は、一、二、三と指をくってみた。すると、すでに九十九日めであった。
若者は、このことを母親に打ち明けてみた。
母は、
「ああ、なんともったいないことを・・・。よりによって尼さんを好きになるとは・・・・・・。あの方は、仏の教えをお守りし、広めている方だから、お前なんか、とてもとても・・・・・・・。そんな気持ちを持つことも恥ずかしいことだよ。」
「あのお月様は、悪いことを人間がしないように、いつも地上を照らしているのだよ。だから、お前が百夜(ももよ)通っても、川を渡ることは、できないのだよ。」と、諭した。
「お月様もあの尼さんを、お守りしているのか。」
それから、尼さんの住んでいる村を百夜月(ももよづき)と呼ぶようになった。
ところで、尼さんは、もっと、仏の教えを広めたいと考えた。
そこで、寺に伝わる宝物(ほうぶつ)を近くの村々へ分けて祀ってもらうことにした。そうすれば、信仰も広まると考えてのことだった。
まず、花瓶を川下の村に分けた。村の人たちは、紅梅寺の宝物をいただいた、というわけで、お堂を経ててお祀りした。そして、この村を花井(けい)とよぶようになった。
川を渡った村には、九重の重箱を分けた。この村は、これにちなんで 九重(くじゅう)という名をつけた。
上流の村には、美しい磨かれた竹の筒が分けられた。ここは竹筒(たけとう)とよばれるようになった。
そのころ、都では戦が始まり、世の中が騒がしくなってきた。
そして、この熊野の地方へも、ひそかに都から逃げてくる人が多くなった。
ある日、紅梅寺に一人の女が訪れた。気品ある顔立ちであるが、長旅で疲れ果てて、今にも倒れそうであった。
「しばらくの間、お寺にとめて頂けないでしょうか。どんな仕事でもさせて頂きます。」
あわれに思った尼さんは、
「おみかけどうりの寺ですが、どうぞお泊り下さい。」と、中へ案内した。女の人は、仕事が出来るどころか、その日から、二度と起き上がることもできず、とうとう死んでしまったのである。どこのだれであるか、またどこかへ行こうとしたのか、まったく不明のままであった。
それから、また何年かたった。
ある日、一人の老僧が紅梅寺を訪れた。この僧は、修業のため諸国を旅している人で、たいそう偉い坊さんであったそうだ。もちろん尼さんは、そんなことを聞きもしなかったし、老僧も何も話さなかった。
しばらく行をしているうちに、紅梅寺に仏像がないことに気がついた。
「こんなりっぱなお寺に仏像がないとは・・・。」
寺をたつとき老僧は、
「たいへんお世話になりました。この掛け軸は、私が肌身離さず持っていた、たいそう由緒あるものです。
このお寺には仏像がないので、この掛け軸を差し上げましょう。」
と言って、去っていったのである。
若く美しい尼さんも、すっかり年をとり、やがてひっそりとなくなった。村の人たちは、尼さんのためにお堂をたて、お祀りした。春のお彼岸には、遠くの村々からも、たくさんの人たちが集まり、そのにぎやかさは、たいしたものであったと言われる。


尼さんのお墓と思われている。
■ 住所 630-8053 奈良県奈良市七条1丁目11-14
■ ℡ 0742-43-8152