薬師寺近くの「うのん」から大和気象歳時記 十津川郷の昔話
中井亀治郎

まだ、今のように自動車道がついていない自分じゃった。
旭の中谷の在所に近い道の端に、なんでも根元のさいわたしが二尺(およそ60センチ)あまりもある古い松が立っておった。この松のうらは八、九間(およそ十五、六メトル)もある切りたた崖で、その下には旭の流れが渦を巻いておった。
わしは、こどもの時分、そこを通ったことがあったが、そのとき、この松の枝又に大きな白石が一つ、ズシリとのっていたのを覚えておる。
いっしょに歩いておったおやじが、
「ありゃあ、亀治郎先生がのせたんじゃよ。・・・・・・昔、この村に中井亀治郎という剣の達人がおったんじゃ。この人の連れ合い(妻)は中谷の人じゃったから、よう、こっちへも来とったんじゃ。」
ある時、先生は、何を思ったか、下の谷へ下りて、一かかえもある白石を拾うて来ると、下駄ばきで、この松にヒョイ、ヒョイ、ヒョイと登り、あの枝の元へのせたんじゃ。」
と。言いうてくれたもんじゃ。
わしは、亀治郎さんという人は、ただの人じゃなかったなと、つくづく思うたもんじゃ。あれから、もうかれこれ十七年、あのときの道も、それから、あの松も今はみんななくなってしもたわ。
昔、狩川(かりかわ)というてな、十津川じゃ、伐り出した材は谷川に落として流し、大川に集めたもんじゃ。大川に集められた材木は、そこで筏に組まれて新宮へくだっていったもんじゃ。
この旭川でも、その狩川はようやったもんじゃ。
あるとき、大雨が降って谷川が増したので、
「おうい、きょうは狩川じゃあぞ。さあ。みんな出た、出た。」
と、男衆はめいめいにとびぐちを担いで川へ走った。ちょうど中谷へ来ておった亀治郎さんも男衆に交じって狩川へ出てきた。せまい川幅いっぱいに溢れた大水は、ゴウゴウと音を立てて流れている。川上の男衆が下す材木は荒波にもまれ、押し合いへし合い流れた。
さっきから、このようすを見ておった亀治郎さん、手ごろな材木を見つけると、いきなり、ヒョイとその上に飛び乗り、材木のっちょにとびぐちを打ち立て、まん中あたりにすっと立ち、腕組みして濁流に乗り出した。
岸の男衆が、
「おうい、だれじゃ。危ないぞ。」
「やめろ、おりろ。」
と、悲鳴に似た大声で叫んだが、当の亀治郎さん、振り返るようすもなく、荒瀬も岩場も体をよじって自由自在に舵をとり、下へ下へ乗り下ったものじゃった。
男衆は、
「なんというおとろしい奴じゃ。ありゃ神わざじゃ。命いくつあってもたらんわ。」
と、あきれかえった。
昔、十津川の衆が立里(野迫川村)の荒神詣でをするちきにゃ、てくてく歩いて大塔の宇井を過ぎ、川原樋川(かわはらびかわ)を上がって野迫川の池津川に着き、そこから険しい山道を立里まで登らにゃあなんだ。
亀治郎さんも、あるとき、数人の仲間たちといっしょに立里詣でに出掛けたのじゃ。仲間の一人が、そのときのことをあきれ顔にしゃべっておった。
「池津川かた立里へ登る山道は、まっことえらかった。ところが、あの亀治郎さんときたら、道沿いの立木によじ登り、下の木から上の木へとまるで猿のような身のこなしで上がってしもうた。わしらも負けんようにと地面を急いだが話にならん。いくらも行かんうちに置いていかれてしもうた。わしらがやっとのことで荒神さんへ着いたときにゃあ、亀治郎さんは、とっくのむかしにお参りを済ませ、昼飯も食うてひとねむりして起きたとこじゃった。」
亀治郎さんは、杣夫(そまふ)になって杉や桧の大木を伐りに出たこともあった。その連れのものが、こんなこと言いうておどろいておった。
「木を伐り倒すとき、たまに風向きなどで、ほかの木に枝がひっかかって地面に倒れこんことが起こる。もし、そうなったら、杣夫はあわてたり、途方に暮れたりするもんじゃけんど、あの亀治郎さんは違う。そんなとき、猿みたいにスルスルと倒れかけの木によじ登り、じゃまになる枝を切り払うが早いか、乗っている木が地面に落ちるより一瞬早く地面に飛び降りるんじゃ。そして、けろっとしておるんじゃよ」。
亀治郎さんが、文武館(旧十津川中学=現十津川高校)で剣道を教えておったころにも、おもしろい話がぎょうさんある。
そのころ、武者修行じゃいうて、亀治郎さんは、よう、よその道場へ試合に行ったそうじゃ。
ある道場へ立ち合いを申し入れたら、亀治郎さんの評判を聞いておったその道場じゃ、尋常に勝負したら勝目はないというので、ま冬のことじゃったから、夜中に道場の板の間に水を撒き、カチンカチンに凍らせておいたそうじゃ。ところが、いよいよ立ち合いとなってみると、亀治郎さんは臆するどころか、凍った床の上をすべるように動き回るし、それに引きかえ、道場の門弟たちは、どれもこれもスッテンコロッで、まるで試合にもならなかった。
ある日、亀治郎さんが、文武館の寄宿舎の炊事場で炊事を手伝っているところへ、あんまり人相もよくない二人連れがやって来よった。普通より長い竹刀をちらつかせながら立ち合えというのじゃった。
亀治郎さんは、
「おお、よかろうよ。」
と、気軽に受けると、はま下駄をはき、その二人連れと演武場の方へ行ったのじゃった。
が、じきに、一人戻ってきて、また、炊事の仕事を続けるのじゃった。
生徒たちが、不思議に思うて、
「あの連中は、どうしましたか。」
と、たずねると、
「ああ、もういいんだよ。」
と、こともなげに言うのじゃった。
亀治郎さん、いったい、この二人連れをどのようにして追っ払ったか。それを知る人はなかったと。
とにかく、この出来事は束の間のことじゃたから。
ある日、亀治郎さん、蠅取りをしてくれたそうじゃ。
亀治郎さん、畳の上を這い回る蠅にねらいをつけると、サッと刀の鞘を払い、目に止まらん速さでスッと刀を走らせる。次の瞬間、刃の切っ先には蠅が吸い付いたようにくっついていた。畳の表には、刀の傷あとはひとつもなかったと。
亀治郎さんは、よう好んで酒を呑んだ。さもうまそうに杯をあおっている姿はよくみられたそうじゃ。
ところが、なにか気にくわんことがあると、持っていた杯(瀬戸物)をバリバリと音を立てて噛み割ったそうじゃ。いっしょにのんでおった連中は、その様子があんまり気色悪いので、顔色変えて一人、二人とこそこそとその場を去ったと。
鹿というのは,追われると、山の上から谷川へ下りるらしい。
あるとき、亀治郎さんは、仲間たちとその鹿狩りにでかけた。
「鹿が下りるぞ、谷へ回れ。」
の合図に、丘にいた亀治郎さんは、さっと身をひるがえして谷川へと走った。ひと跳びで、四、五メートルもはねる鹿よりも、亀治郎さんの方が谷川へ下りるのがよっぽど速かったと、狩人たちがびっくりしておったと。
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