「うのん」の気象歳時記ブログ

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薬師寺近くから 大和の気象歳事記No.243 

十津川流れ
明治22年8月紀伊水道の南西海上から室戸岬沖を指向していた示度の浅い台風980㍊は当時の天気図には低気圧と書かれて 現代流で云えば豆台風であろう。8月19日午前9時中央気象台の天気図では殆んど静止していた。(夏台風の特徴)とあって、太平洋高気圧に押されてこの豆台風は進路を拒まれたものと考えられる。ようやく動き出した台風は室戸岬付近から坂出を通り岡山を通過 鳥取の東を通過日本海に抜け近畿圏からも遠ざかって行った。
 当時の気象情況について詳細を知ることは出来難いが幾つかの資料から次の様なことが判ってきた。引用が少し長くなるが簡素で要領を得ているので原文のまま記す。
和歌山県災害史      柳も本年春分前後の気候寒暖すべて度を失い清明(四月五日前後)を過ぎて雨滋く 一旬僅かに二、三 の霽色を見死のみ」当時謂らく 梅天に入れば即ち嘆乾初暑を釀すべしと 何ぞ料らんいん霖凄冷にして未だ袷衣を脱すること能わず。己にして驟か劇暑となりて後ごく炎威を殺ぎ七 八月の交に当り陰春定まらず蒸暑の酷しき夜半に至りて    」とあって極めて不順な天候の続いたことがわかります。

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