うのんのブログ

奈良西の京薬師寺近くの小さな本のある喫茶店

薬師寺近くから 大和の気象歳時記№129 春を呼ぶ「お水取り」

お水取り②
「お水取り」で知られている修二会は今さら申すまでもなく 良弁僧上の弟子実忠が笠置山に三籠し ある夜夢に同山の龍穴で常念観音院の悔過法を見て 人間世界にも伝えようと二月堂を建て天平勝宝四年(752年)にはじめられたと伝われています。しかし天平勝宝八年の「四至図」には二月堂の建物は認められず 天平宝字六年(762年)に造立された銅菩薩像が二月堂のものとしとぇ また建築物もそのとき造られたと云う説がある。しかしこの菩薩像が二月堂の本尊であるとの確証はなく 宝亀四年(773)に東大寺内に於いて実忠より十一悔過の行なわれた記録があることから二月堂創立の下限をこの年に抑えることが出来そうです。
 いずれにしても千二百年の伝統をふまえ現在に続いている「修二会」は「おたいまつ」「お水取り」の別名で呼ばれており お堂の中をかけめぐり立ったり坐ったりする姿を眺めていると アーラの神に祈る国の また東大寺に伝わる伎楽面は唐天竺よりも遙か西方の異国情緒がただよっており お水取り後ダッタンの妙法がある。荒々しいこの行事の際にかぶる帽子の名も ダッタン帽と異国4の名称が残っていて遠くシルクロードを越えて来た西方文化の終着点に祈りの造形の造形の華をみる想いです。勿論東大寺は当時皇室の崇敬を受け仏教により国家鎮護の大役を果たす官寺であり 修二会は東大寺年中行事の最大のもの 試別火 総別火 本行へと続く。修二会に参加する練行衆は前年暮に指名があって 東大寺の僧侶としては名誉なことなのでしょう。

薬師寺近くから 大和の気象歳時記№128 春を呼ぶ「お水取り」

お水取り①
こんな季節に 早春の話です
2月後半から3月には 気温がグット上がってきますが 暖かい日が2~3日続いたかと思っていると驚くほど寒い日に見舞われ コートの襟を掻き合わせての外出となり まだまだ朝晩は冷たく肌着は冬のまま 春浅い頃の衣服の調整」外気温に躰を順応させるのは仲々むつかしい事です。三月に入ると新聞やマスコミなどで「お水取り」の報道があったりします。以前全国都道府県別にそれぞれ郷土の「音」は 何かというアンケート結果の発表があった。京都では祇園舞子さんのはく「ぽっくり」の音 大阪は「算盤」の音 我が奈良県は二月堂修二会の練行衆のはく「沓」の音だそうです。

薬師寺近くから 大和の気象歳時No.127

冬の しぐれ についてのブログを一週間程止めてましたが 再度始めます。

冬場等圧線は必ず南北に立っているとは限らず 上の図にあるとおり北東から南面に描かれていることもあり この場合舞鶴敏夫岬の間に等圧線が何本描かれているか 必ずしも汐岬と舞鶴の間に等圧線が描かれていなくても概その見当をつけ8hPa以上あれば県下全域にしげれをみることでしょう。
 しぐれが雨になるか雪になるか 予報現場にいたころ 隠岐島西郷の気温が朝3時2度以下の場合は しぐれは雪しぐれ 3度ではみぞれ 4度ではしぐれは雨と判断していた。