薬師寺近くから 大和の気象歳事記№209 雨乞②
雨乞については 以前ブログにかきました。
この酷暑のなか雨乞が必要かと
一般に稻作に必要な雨の量は2000㎜と云われる。一方古代 大和は他の地方よりも早くから開け東洋では中国西安の都についで多くの人口をかかえていた。「奈良の都」は五穀の一大消費地でもあった。しかし粟や稗 稲作に必要な雨の量は決して満足出来るものではなく 上述の如く多くの池が掘られ垂仁天皇25年 履中天皇4年には長い溝も造られ灌漑用水の確保に努められた。夏に旱魃の年は一辺が1㍍四方の かくし井戸 さえほられ涙ぐましい努力を自己防衛に励まれた
さらに 祈りを捧げ甘雨を祈った